蝦夷生計図説

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"ムル": 6 件ヒット

第2巻, 6ページ, タイトル:
食するに至るまてのわさことに心を用るなり、 其次第は後の図に委しく見へたり、是より 出たる糠といへともミたりにする事あらす、 其捨る所を家の側らに定め置き、ムルクタウシ カモイと称して、神明の在るところとなし、尊ミ おく事也、これまた後の図にミえたり、此稗を 奥羽の両国及ひ松前の地にてはまれに作れ る者ありて、蝦夷稗と称す、外の穀類には 似す、地の肥瘠にかゝはらすしてよく生熟し、 荒凶の事なしといへり、其蝦夷稗と称する 事ハ 本邦の地には無き物にして、蝦夷 の地より伝へ来りたるによりてかく称すると 食するまでの作法には、ことさら心を用いるのである。その作法の次第は、後掲の図に詳しい。彼らはそこから出る糠といえども粗末にすることはない。 棄てる場所を家の傍らに定めておき、ムルクタウシカモイと称し、神明のいますところとみなして、尊ぶのである。この様子も、後に掲げる図に見えるので参照されたい。 この稗についてであるが、奥羽の両国ならびに松前の地では稀に栽培する者がいて、「蝦夷稗」と称されて
第3巻, 13ページ, タイトル: ムルヲシヨラの図
第3巻, 14ページ, タイトル:
ムルとは糠の事をいひ、ヲシヨラとは捨る事を いひて、糠をすつるといふ事也、またムルクタと も称す、是は簸事終りてより、その出たる 糠を捨るさま也、此糠をすつるにハことに意味 ある事にて、委しくハ後の図にミえたり、 ムル」とは糠を、「ヲシヨラ」とは捨てることを表し、合わせて「糠を捨てる」という意味である。また別にムルクタともいう。この図は、箕を用いて籾殻をあおり屑を取り除く作業を終えた後、その際に出た糠を捨てる様子である。糠を捨てることは、大変意味のある行為なので、次の図に詳しく示しておいた。
第3巻, 15ページ, タイトル: ムルクタウシウンカモイの図 
第3巻, 16ページ, タイトル:
ムルクタウシウンカモイと称する事は、ムルクタは前に いふか如く糠を捨る事をいひ、ウシは立事を いひ、ウンは在る事をいひ、カモイは神をいひて、 糠を捨る所に立て在る神といふ事也、是はアユウシ アマヽとラタ子の二種は神より授け給へるよし いひ伝へて尊ひ重んする事、初めに記せる如く なるにより、およそ此二種にかゝはりたる物は 聊にても軽忽にする事ある時は、必らす神の 罰を蒙るよしをいひて、それより出たる糠と いへとも敢て猥りにせす、捨る所を住居のかたハらに 定め置き、イナヲを立て神明の在る所とし、尊ミ をく事也、唯糠のミに限らす、凡て二種の物の ムルクウタウシウンカモイとは、「ムルクタ」は前に述べた通り糠を捨てることを、「ウシ」は立てることを、「ウン」は「在る」という語を、「カモイ」は神をそれぞれ表し、合わせて「糠を捨てる所に立ててある神」という意味である。これについてであるが、アユウシアママとラタネの二種類の作物が神から授けられ給うたものと言い伝えて尊び重んじられていることは前に記した通りである。 そして、この二種類の作物に関わる物は、どんなものであっても軽率に扱えば必ず神罰を蒙るといい慣わしている。よってそれらから出た糠といえどもみだりには扱わず、捨てるところを住居の傍らに定めて置き、イナヲを立て、神明のいます所として尊んでいるのである。これは糠に限っての扱いではない。この二種類の作物の
第8巻, 4ページ, タイトル:
夷人のうち悪事をなす者あれハ、其所の夷人 ならひに親族のもの集りて、図の如くに其者を 拷掠し、罪を督す事也、是をウカルといふ、此語の 解未さたかならすといへとも、夷語に戦の事をも ウカルといふ事あり、    戦の事をイトミともいひ、またウカルとも いふ也、夷人の戦といへる事ハ、意味殊に深き事にて、 委しくハ戦の部にみえたり、 これハ 本邦辺鄙の人の言葉に、人を強く うち倒す事をウチカスムルといふ事あり、戦は いつれ人をうち倒すをもて事とするゆへ、此 言葉を略してウカルとはいふなるへし、さらは 此処にて人の罪あるを督すも、又拷掠するを 以てのゆへに同しくウカルとハ称するにや、    ここにウカルのさまを図したる事ハ、夷人に 望て其行ふさまをなさしめて其侭を図し ☆ アイヌのなかで悪事をはたらくものがあれば、そのところのアイヌの人びとやかれの親族のものが集まって、図のようにかれをむち打って罪を責めとがめることがある。これをウカル【ウカ*ラ?:ukar?】というが、このことばの意味はまだよくわからないけれども、アイヌ語にいくさのことをウカルということがある。    <註:いくさのことはイトミ【イトゥミ:itumi/戦争】ともいい、またウカルともいうのである。アイヌの人びとの いくさというのは、その意味にことさら深いものがあるが、詳しくは「いくさの部」 に述べてある>  これはわが国の辺鄙な土地に住んでいる人びとのことばに、人を強く打ち倒すことをウチカスムルということがある。いくさはどのみち人を打ち倒すことが目的なので、このことばを略してウカルというのであろう。そうであるならばこのところで人の罪をただすのも、また、むち打って罪を責めとがめるということであるからおなじくウカルというのではなかろうか。    <註:ここにウカルのようすを図示したのは、アイヌの人びと頼んでそれを行なうようす をしてもらってそのままを描い

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