蝦夷生計図説

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"ヌシヤ": 7 件ヒット

第1巻, 8ページ, タイトル:
あらす、 ことーーく家のかたハらのヌシヤサンにおさめ 置事也、    ヌシヤサンの事、カモイノミの部にミえたり、 其製するところの形ちは、神を祭るの法にした かひて、ことーーくたかひあり、後の図を見て知へし、 凡て是をイナヲと称し、亦ヌシヤとも称す、此二つの語 未さたかならすといへとも、イナヲはイナボの転語 なるへし、 本邦関東の農家にて正月十五日に 質白なる木をもて稲穂の形ちに作り糞壤にたてゝ    俗にいふこひつかの事也、 五穀の豊穣を祈り、是をイナボと称す、此事いか ない。 それらは一つ残らず家の傍らにあるヌシヤサンに納め置かれるのである。 *ヌシヤサンのことについてであるが、本稿「カモイノミの部」を参照されたい。 作製されたイナヲの形状についてであるが、神を祭るに際しての法に従って、ひとつひとつに相違がある。後掲の図を参照されたい。 これらを総称してイナヲまたはヌシヤという。この二つの語源は未詳であるが、うちイナヲはイナボ(稲穂)の転訛と考えられよう。我が国の関東農村において、正月一五日に材質の白い樹木を用いて稲穂の形にこしらえたものを糞壌に立てて *俗にいう「こひつか」(肥塚)のことである。 五穀豊穣を祈る儀礼があるが、その木製祭具を「イナボ」と称している。 この儀礼は、
第1巻, 9ページ, タイトル:
にも太古よりの遺風とこそミえたれ、さらは この事の転し伝りてイナホをイナヲとあやまり 称するにや、またヌシヤといへる事はとりもなを さすヌサの転語にして大麻の事なるへし、 此稲穂と大麻の二つは 本邦にしても、今の 世に及ひては形ちもかハり事も同しからぬよふに 思ひなさるれと、いつれも天地の神明を祭るか ために設るところの物にして、其用ゆるの意は ひとしく今の幣帛也、今の幣帛は専らに 紙を用ひ、麻をもちゆれとも、上古の時紙麻とふ の物流布せさりしには、木のミをもて製せし 事の有けんもしるへからす、其時にあたりてハ稲穂も いかにも太古からの遺風であるとの印象を受ける。そうだとすれば、こうした儀礼が転じ伝わって「イナホ」が「イナヲ」と誤って称されることになったのではなかろうか。また、「ヌシヤ」と称するのは、これはとりもなおさず「ヌサ」(幣)の転訛であり、大麻を指す言葉が伝播したと考えてよいであろう。 いま稲穂と大麻の二つについて言及したが、我が国について考えるならば、現在ではその形状も用いる儀礼も、太古のそれに比べ変化してきていると思われる。しかし、元来は両者とも天地の神明を祭る目的でつくられたものであり、その用途はいずれも現在の幣帛の持つ機能と同様である。現在幣帛は専ら紙や麻で作製されるが、上古にあって未だ紙や麻が流布していなかった時代には、樹木のみを素材としてつくられていた可能性がある。そう考えると、当時我が国では稲穂も
第1巻, 10ページ, タイトル:
大麻もひとしく木をもて製せし事にて、其  本邦太古のさまの転し伝りたるよりして、自ら イナヲ、ヌシヤとふの称は存するなるへし、是等の 事によらんには、まさしくイナヲは幣帛の 事をいふか如く、あまりに 本邦の事に近くきこ えて、蝦夷の事に熟せさらん人は附会のことのよふに のミそ思ふへけれ、されと此事計りにはあらす、 奥羽の地にして蝦夷の風俗そのまゝ存し残り たる事多く、又は今の蝦夷にしては失ひたる 事のかへつて奥羽の地に存し残りたる事も 少からす、これらの事委曲に此書の奥にしるし たれは、此書全備するの日にいたらんには自らかく 大麻も等しく樹木により作製されていた、ということになる。こうした太古の我が国において行なわれていた方式が転じ伝わったために、イナヲ、ヌシヤという二つの呼び方が併存しているものと思われる。 以上のことから考えると、イナヲと幣帛とは、まさしく同義のものであると位置付けられよう。イナヲをこう位置付ける事に関しては、あまりに我が国の風俗と同質の性格であると捉えていることから、蝦夷の事情に通じていない向きには牽強付会の説であるとの思いを抱かせるかもしれない。しかし、ことは独りイナヲだけの問題ではない。 例えば奥羽の地である。奥羽地方の習俗に蝦夷のそれがそのまま残存している事例は多い。のみならず現在の蝦夷が失ってしまった習俗が、かえって奥羽地方に残っていることも少なくないのである。こうした事例の様々は、本書の随所で仔細に触れているつもりである。従って、本書の全巻に目を通された暁には、おのずから我が国と蝦夷の風俗が同質であるという説がことごとく
第1巻, 32ページ, タイトル:
イコシは守りをいひ、ラツケは物を掛け置く事を いひて、守りを懸け置くイナヲといふ事なり、    守りといへるは夷人の身を守護するところの 宝器をいふ也、その宝器はなを 本邦の俗に 小児の守り袋なといはんか如く、身の守りになる よしいひて、殊の外に尊ふ事也、委しくハ宝器の 部にミえたり、 時ありて此イナヲに其宝器をかけ、住居のヌシヤ サンにかさり置て祈る事のある也、其祈る事は ことーーく意味深きよしなれは、夷人の甚秘する 事にて、人にかたらさるゆへ、其義いまた詳ならす、 追て探索の上録すへし、  「イコシ」はお守りを、「ラツケ」は物を掛けて置くことを表わし、合わせて「お守りを掛けて置くイナヲ」という意味である。 * お守りというのは、アイヌの人々の身を守護してくれる宝器のことである。その宝器は、わが国で俗に小児の守り袋などのように、身の守りになるといって、大変尊ばれるものである。詳しくは、本稿「宝器の部」に記してある。 時折、このイナヲにその宝器を掛け、住居に附属するヌシヤサンに飾り置いて祈ることがある。何を祈っているかについては、その悉くについて深い意味があるとのことで、アイヌの人々は甚だ秘して他人には語らないため、いまだ詳らかにすることはできない。追って探索の上記すこととしたい。
第1巻, 37ページ, タイトル:
ハシとは木の小枝の事をいふ、すなハち  本邦にいふ柴の類にて、柴のイナヲといふ事也、 是は漁獵をせんとするとき、まつ海岸にて水伯 を祭る事あり、其時此イナヲを柴の□籬の如く ゆひ立て奉くる事なり、其外コタンコルまたはヌシヤ サンなとにも奉け用る事もあり、    コタンコル、ヌシヤサンの事は、カモイノミの部に ミえたり、 右に録せし外、イナヲの類あまたありといへとも、 其用るところの義、未詳ならさる事多きか故に、 今暫く欠て録せす、後来糺尋の上、其義の 詳なるをまちて録すへし、  「ハシ」とは木の小枝のことである。即ち、わが国でいう柴の類であり、「柴のイナヲ」という意味である。漁猟をしようとするときには、まず海岸で水伯を祭ることをなす。その時に、このイナウを柴の□籬のように結い立てて奉げるのである。その他、コタンコルまたはヌシヤサンなどにも奉げ用いることもある。 * コタンコルやヌシヤサンのことについては、本稿「カモイノミの部」に記してある。 右に記した他にも、イナヲの類は沢山あるが、その用途の意義がいまだに詳らかではないものが多いので、とりあえず今は記さずにおくこととしたい。後日聞き取りの上、その意義が詳らかになるのを待って、記すことを期するものである。
第5巻, 51ページ, タイトル:
三種の中、ナムシヤムイタとウムシヤムイとハ、前に 出せるとことならす、トムシの義いまた詳ならす、 追て考ふへし、ウヘマムチプに用る此よそをひの 三種は、破れ損すといへともことーーく尊敬して ゆるかせにせす、もし破れ損する事あれは、 家の側のヌシヤサンに収め置て、ミたりにとり すつる事ハあらす、    ヌシヤサンの事はカモイノミの部にくハしく 見えたり かくの如くせされは、かならす神の罸を蒙る とて、ことにおそれ尊ふ事也、罸は夷語にハルと 称す、 三種類の中、ナムシヤムイタとウムシヤムイとは、前述のものと違いはないし、トムシの意味はまだよくわからないので、改めて考えることとしたい。 ウイマムチプで用いるこの装具三種類は、破損したとしてもことごとく尊敬しておろそかにしない。もし破損することがあれば、家の側にあるヌシヤサンに収めておいて、みだりに捨てたりすることはない。    <註:ヌシヤサンのことは「カモイノミの部」(これも欠)に詳述してあ る> このようにしなければ、かならず神罸をこうむるからといって、ことに怖れ尊ぶという。罸はアイヌ語でハルという。
第8巻, 10ページ, タイトル:
またチセコルヌシヤサンの棚の上に納め置事も あり、旅行する事なとあれハかならす身 をはなさす携へ持する事なり、年久しく家に 持伝へたるなとにハ、人をたひーー拷掠なしたるに よりて、打たるところに皮血とふ乾き付て、 いかにもつよく拷掠したるさまミゆるなり、 それをは殊に尊敬して家に伝へ置事也、 またチセコルヌシャサン【チセコ*ロヌササン:cisekornusasan/屋内の祭壇】の棚の上に納めて置くこともあり、また、旅行をすることがあれば、かならず身からはなさず携えているのである。長年、家に伝世したものなどには、ひとをたびたびむち打ったので、打ったところには皮や血などが乾き付いていて、確かに強く打ったようすがみえるのである。それをまことに尊敬して家に伝えていくのである。

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