蝦夷生計図説

検索結果

"チプ": 12 件ヒット

第4巻, 27ページ, タイトル:
夷語にチプラプイタと称す、チプは舟をいひ、ラプは羽をいひ、イタは板の事にて、舟の羽板といふ事なり、 アイヌ語でチプラプイタという。チプは舟をいい、ラプは羽をいい、イタは板のことで、「舟の羽板」ということである。
第5巻, 4ページ, タイトル:
舟の製作が完全に終ってから、図のようにイナヲを舳に立てて、舟神を祭るのである。舟神は、今、日本の船乗りのことばで舟霊(ふなだま)というものと同様である。それを祈ることばに「チプカシケタウエンアンベイシヤマヒリカノイカシコレ」という。 チプは舟をいい、カシケタは上にということ、ウエンは悪いことをいい、アンベは有ることをいい、イシヤマは無いということ、ヒリカは良いということ、イカシは守ることをいい、コレは賜れということで、「舟の上で悪いことがあることなくよく守り賜え」ということである。この舟神に祈ることはただ、船上での安全を祈願するだけではない。新しく作る 舟の製作全く整ひて後、図の如くイナヲ を舳に立て舟神を祭るなり、舟神は今   本邦舩師の語に舟霊といふか如し、其 祈る詞に、チプカシケタウエンアンベイシヤマヒリ カノイカシコレと唱ふ、チプは舟をいひ、カシケタは 上にといふ事、ウエンは悪き事をいひ、アンベは 有る事をいひ、イシヤマは無き事をいひ、 ヒリカはよきをいひ、イカシは守護をいひ、 コレは賜れといふ事にて、舟の上悪き事 ある事なくよく守護を賜へといふ 事なり、此舟神を祈る事ハ、唯舟上の 安穏を願ふのミにあらす、新たに造れる
第5巻, 33ページ, タイトル:
此図は海上をこぐところ也、其乗るところハ 水伯を祈るよりはしめ、ことーーく走セ舟にこと なる事なし、二種のうち、前の図はこ くところの具ことーーくそなハりたるさまを 図したる也、後の図はすなはち海上をこくさま也、 こく時はシヨ板に腰を掛、カンヂを 左右の手につかひてこぐ、其疾き事飛か 如し、カンヂの多少は舟の大小によりて 立る也、アシナフを遣ふ事ハ走せ舟に同し、 是を夷語にチプモウといふ、チブは舟をいひ、 モウは乗るをいふ、舟を乗るといふ事也、但し ビロウ辺よりクナシリ辺の夷人はこれをこぐの この図は海上をこぐところである。それに乗るには水の神に祈ることからはじめ、すべて「走る舟」と異なることはない。 二種類のうち、前の図の舟は漕ぐ道具が完備したようすを図示したものである。あとの図は海上を漕ぐようすである。 漕ぐときはシヨ板に腰をかけて、左右の手にカンヂをつかんで漕ぐ。その早いこと、飛ぶがごとくである。カンヂの多少は舟の大小によって異なる。アシナフを使うことも「走る舟」と同じである。 これをアイヌ語でチプモウという。チブは舟のこと、モウは乗るをいう。「舟を乗る」ということである。 ただしビロウ辺からクナシリ辺のアイヌの人びとはこれを漕ぐとき、
第5巻, 35ページ, タイトル: イタシヤキチプの図 
第5巻, 36ページ, タイトル:
是は前に出せる舟敷の事也、夷語に イタシヤキチプと称するは、イタは板をいひ、シヤ キは無きをいひ、チプは舟の事にて、板なき 舟といふ事也、もと舩の敷なるをかくいふ ものは、丸木をくりたるまゝにて左右の板を 付す、夷人河を乗るところの舟とことならさる故、 時によりては其まゝにて川を乗る 事も有ゆへにかくはいえるなり、万葉集に 棚なし小舟といへるはこれなるにや、今に 至りて舩工の語に、敷より上に付る板を 棚板といふ、さらは無棚小舟は棚板なき舟と いふの心なるへし、今 本邦の舩の これは前述した船体のことである。アイヌ語でイタシヤキチプというのは、イタは板のことをいい、シヤキは無いということ、チプは舟のことであって、「板の無い舟」ということである。もともと船体であるものをこのようにいうのは、丸木を刳りぬいたままで左右の板をつけず、アイヌの人びとが川で用いるところの舟と変らないし、場合によっては、そのままで川で乗ることもあるのでこのようにいうのである。 万葉集に「棚なし小舟」というのはこれではなかろうか。現在の船大工のことばに、船体より上につける板を棚板という。それならば「無棚小舟」は「棚板なき舟」といういみであろう。今、日本の船の
第5巻, 37ページ, タイトル:
製作にかゝる敷の法を用ひさるはいつの頃より にか有けん、カシキヲモキなといふ事の 舩工ともの製作に初りしより、    カシキといへるもヲモキといへるも、少し つゝ其製にかハりたる事ハあれとも、 格別にたかふところは非す、いつれも敷を 厚き板にて作り、それに左右の板を釘 にて固くとちつけて、本文にいへるイタシ ヤキチプの如くになし、それより上に左右の 板を次第に付仕立る也、此製至て堅固也、 今の舩工の用る敷の法ミなこれ也、 其製の堅固なるを利として専らそれのミを 製作に、このような船体を用いなくなったのはいつの頃からであろうか。 カシキ、ヲモキなどというものが船大工たちの製作にはじまってから、    <註:カシキというものも、ヲモキというものも、少しずつその製法に 変化はあるけれども、格別の違いはない。いずれも船体を厚い板で 作り、それに左右の板を釘で固く綴じつけて、本文で述べたイタ シヤキチプのようにして、それより上に左右の板をだんだんに付 けていって仕立てるのである。この製法はとても堅固である。 今の船大工が用いる船体の製法はみなこの方式である。> その製法の堅固であることを利として専らその製法ばかりを
第5巻, 38ページ, タイトル:
用ひしより、終に其法をは失ひし成へし、 今奥羽の両国松前とふにてハ、なを其法を 伝へて猟舩にはことーーく敷に右のイタシヤキ チプを用ゆ、是をムダマと称す、ムタマはムタナの 転語にして、とりもなをさす棚板なき舟といふ心也 、 其敷に左右の板をつけ、夷人の舟と ひとしく仕立たるをモチフと称す、モチフは モウイヨツプの略にして、舟の事也、凡そ夷地 にしては舟の事をチプといふ事よのつねな れとも、その実はモウイヨツプといへるが舟の 実称にして、チブといへるは略していふの詞なる よし、老人の夷はいひ伝ふる事也、モウは乗る 用いてから、ついに「無棚小舟」の製法は伝承されなくなったのである。今、奥羽の両国と松前などでは、まだその方法を伝えていて、漁船にはことごとく船体に右のイタシヤキチプを用いていて、これをムダマと称している。ムダマはムタナの転語であって、とりもなおさず「棚板なき舟」という意味である。 船体に左右の板をつけ、アイヌの人びとの舟と同様に作ったものをモチフという。モチフは「モウイヨツプ」の略語であって舟のことである。そもそも蝦夷地においては舟のことをチプということがあたりまえであるけれども、その実は「モウイヨツプ」というのが舟の実称であって、チプというのは略していうことばであるとは、老人のアイヌのいい伝えることである。モウは乗る
第5巻, 42ページ, タイトル:
これ俗にいふ丸木舟の事也、製作すること イタシヤキチプとことなる事なし、形ちの小し くたかひたるハ、図を見て考ふへし、二種の中、 前の図は流の緩き川ならひに沼とふを乗る 舟なり、後の図は急流の川をのり、または 川に格別の高底ありて水の落す事飛泉の 如くなるところをさかさのほる事とふある時、 水の入らさるかために、舟の舳に板をとち付たるさまなり、 これは俗にいふ丸木舟のことである。製作する方法はイタシヤキチプとことなることはない。形が少しく違っていることは、図を見て考えてほしい。二種類の中、前の図は流が緩い川ならひに沼などで乗る舟である。後の図は急流の川で乗ったり、または川にとくに高低があって、水が落ること飛泉のようなところをさかのぼることなどがある時、舟に水が入らないようにするために、舳に板を綴じつけたところである。
第5巻, 43ページ, タイトル: ウイマムチプの図 
第5巻, 45ページ, タイトル:
蝦夷の地、松前氏の領せし間は、其場所ーーの ヲトナと称するもの、其身一代のうち一度ツヽ 松前氏に目見へに出ることありて、貢物を献せし 事也、その貢物を積むところの舟をウイマム チプと称す、其製作のさまよのつねの舟と替 りたる事は図を見て知へし、ウイマムは官長の 人に初てまみゆる事をいふ、    此義いまた詳ならす、追て考ふへし チプは舟の事にて、官長の人に初てまミゆる 舟といふ事なるへし、老夷のいひ伝へに、古は 松前氏へ貢する如くシヤモロモリへも右の舩にて 貢物を献したる事也といへり、シヤモはシヤハクル 蝦夷の地、松前氏が領していた間、場所場所のヲトナと称するものは、その身一代のうち、一度は松前の殿様に目見えに出て、貢物を献上するのである。その貢物を積む舟をウイマムチプという。その作り方は普通の舟とかわっていることは図を見ればわかるだろう。ウイマムというのは官長の人(役人のおさ)に初めてお目にかかることをいう。    この意味はまだよくわからない。改めて考えることとしよう。 チプは舟のことだから「官長の人に初めて目見える舟」ということである。 アイヌの故老がいいつたえるには、昔は松前の殿様に貢ぐようにシヤモロモ シリへもウイマムチプで出かけ貢物を献上したのだという。シヤモというのはシヤハクル
第5巻, 47ページ, タイトル:
らの人の嶋と称せし也、其貢物を献せしと いへる事を夷人のいひ伝へたるは、いかにもさた かなる事にや、日本紀の中に此事をのせたる ところあまた見へたり、 ウヘマムチプよそをひの具三種 「かしらの人の嶋」といっていたのである。貢ぎ物を献上したということをアイヌの人びとがいいつたえるのは、いかにも確かなことではないか。日本書紀にはこのことにふれた記事はたくさん見えている。 ウイマムチプ装おう道具 三種類
第5巻, 51ページ, タイトル:
三種の中、ナムシヤムイタとウムシヤムイとハ、前に 出せるとことならす、トムシの義いまた詳ならす、 追て考ふへし、ウヘマムチプに用る此よそをひの 三種は、破れ損すといへともことーーく尊敬して ゆるかせにせす、もし破れ損する事あれは、 家の側のヌシヤサンに収め置て、ミたりにとり すつる事ハあらす、    ヌシヤサンの事はカモイノミの部にくハしく 見えたり かくの如くせされは、かならす神の罸を蒙る とて、ことにおそれ尊ふ事也、罸は夷語にハルと 称す、 三種類の中、ナムシヤムイタとウムシヤムイとは、前述のものと違いはないし、トムシの意味はまだよくわからないので、改めて考えることとしたい。 ウイマムチプで用いるこの装具三種類は、破損したとしてもことごとく尊敬しておろそかにしない。もし破損することがあれば、家の側にあるヌシヤサンに収めておいて、みだりに捨てたりすることはない。    <註:ヌシヤサンのことは「カモイノミの部」(これも欠)に詳述してあ る> このようにしなければ、かならず神罸をこうむるからといって、ことに怖れ尊ぶという。罸はアイヌ語でハルという。

全1ページ中の第1ページ, 全12件のレコード中1-12を表示中

< 前ページ 次ページ >