蝦夷生計図説

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"チフ": 3 件ヒット

第4巻, 19ページ, タイトル:
これは敷の初めて成就したる処也、 これより次第に後の図に出せる板等を あつめて舟の製作にかゝる也、此敷は 夷語にイタシヤキチフと称して、丸木舟と 同しさましたれとも、また説ある事なり、 後の川を乗る舟とならへ図して委しく 論したり、合せ見るへし、  これは船体がはじめてできあがったところである。これからだんだんあとのほうの図で示したいたなどを集めて舟の製作に取りかかるのである。船体はアイヌ語でイタシヤキチフといって、丸木舟と同じ形をしているけれども、さらに説明することがある。のちに川舟とともに図示して詳しく説明してあるのであわせて見てほしい。 
第5巻, 28ページ, タイトル:
詳らかならぬ事共多し、追て考ふ へし、此に出せる図は風の左りへ走るさま也、 艫の左右に縄を以て帆を繋き立て、アシナにてかぢを とり走る也、風の右に走んとすれは左右の 縄をくりかへ、帆を左にかたむけ風を請て 走るなり、夷語に是をホイボウチフといひ、 又バシテチフといひ、亦カヤウシチフといふ、ホイ ボウといふも、バシテといふも、皆走る事をいふ、 カヤウシはカヤは帆をいひ、ウシは立る事 をいひて、帆を立るといふ事、チフはいつれも 舟の事なれは、三つともに走る舟の事を いふなり、 つまびらかにできないことが多い。改めて考えることとしよう。  ここに出した図は、風の左の方へ航行するようすである。艫の左右に縄で帆を繋ぎ、アシナで梶をとって走るのである。風の右の方に走ろうとすれば、左右の縄をたぐり変えて帆を左に傾け、風をうけて走るのである。 アイヌ語でこれをホイボウチフといい、またバシテチフといい、あるいはカヤウシチフという。ホイボウというも、バシテというも、みな「走る」ことをいう。カヤウシとは、カヤは帆のことをいい、ウシは立るという意味で、「帆を立る」ということ、チフは舟のことだから、三つとも「走る舟」のことをいうのである。
第5巻, 38ページ, タイトル:
用ひしより、終に其法をは失ひし成へし、 今奥羽の両国松前とふにてハ、なを其法を 伝へて猟舩にはことーーく敷に右のイタシヤキ チプを用ゆ、是をムダマと称す、ムタマはムタナの 転語にして、とりもなをさす棚板なき舟といふ心也 、 其敷に左右の板をつけ、夷人の舟と ひとしく仕立たるをモチフと称す、モチフは モウイヨツプの略にして、舟の事也、凡そ夷地 にしては舟の事をチプといふ事よのつねな れとも、その実はモウイヨツプといへるが舟の 実称にして、チブといへるは略していふの詞なる よし、老人の夷はいひ伝ふる事也、モウは乗る 用いてから、ついに「無棚小舟」の製法は伝承されなくなったのである。今、奥羽の両国と松前などでは、まだその方法を伝えていて、漁船にはことごとく船体に右のイタシヤキチプを用いていて、これをムダマと称している。ムダマはムタナの転語であって、とりもなおさず「棚板なき舟」という意味である。 船体に左右の板をつけ、アイヌの人びとの舟と同様に作ったものをモチフという。モチフは「モウイヨツプ」の略語であって舟のことである。そもそも蝦夷地においては舟のことをチプということがあたりまえであるけれども、その実は「モウイヨツプ」というのが舟の実称であって、チプというのは略していうことばであるとは、老人のアイヌのいい伝えることである。モウは乗る

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