蝦夷生計図説

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"ウシ": 18 件ヒット

第1巻, 12ページ, タイトル: アベシヤマウシイナヲの図
第1巻, 13ページ, タイトル:
此イナヲは火の神を祭る時に奉け用ゆるなり、 アべシヤマウシイナヲと称する事は、アベは火の事をいひ、 シヤマは物のそばをいひ、ウシは立つ事をいひて、 火のそはに立つイナヲといふ事也、此語なとハまさ しく 本邦の語にも通するにや、アベは火の事 をいふにあたれり、    此事ハ語解の部に委しく論したり、こと 長けれはこゝにしるさす、 シヤマはソバの転語にして、ウシはアシの転語なる へし、アシといへる事は、もと立つ事をいふとミゆる也、 人の脚をあしといへるも立つ事より出たるにや、 机案の類のしたに立たるところをあしといひ、  このイナヲは、火の神を祭るときに奉げ用いるものである。アベシヤマウシイナヲとは、「アベ」が火を、「シヤマ」が物のそばを、「ウシ」が立つことをそれぞれ表わし、合わせて「火のそばに立つイナヲ」という意味である。この語などはまさしく、我が国の言葉にも通じているように思われる。「アベ」とは、まさに火のことを言うのに当たっている。 * 「アベ」が火のことを指すということについては、本稿「語解の部」で詳しく論じている。長くなるのでここには記さない。 「シヤマ」は「そば」の転語であり、「ウシ」は「あし」の転語であろう。「あし」というのは、元来立つことを指していたと考えられる。人の足を「あし」というのも、立つことから出た言葉であろう。机などで下に立ててある部分を「あし」といい、
第1巻, 14ページ, タイトル:
其外雲あし、雨あしなといへる事も、ミなその 立るかたちをいへる也、かく見る時はアベシヤマウシ は火のそばに立つといふ事に通するなり、この イナヲは夷地のうちシリキシナイといふ所の辺 よりヒロウといへる所の辺まてにもちゆる也、 またその他「雲あし」・「雨あし」などという事例も、皆それが立っている形を指しての言葉である。こう考えてくると、「アベシヤマウシ」を「火のそばに立つ」と言っていることと相通じてくるのである。このイナヲは、蝦夷地のうちシリキシナイ(尻岸内)という所からヒロウ(広尾)という所の辺りまでの地域で用いられている。
第1巻, 15ページ, タイトル: ビン子アベシヤマウシイナヲの図
第1巻, 16ページ, タイトル: マチ子アベシヤマウシイナヲの図
第1巻, 17ページ, タイトル:
この二つはひとしく火の神を祭るに用ゆれ とも、男女のわかちあるによりて其形ちの替れる なり、ビン子アベシヤマウシイナヲといふは、ビンは男子を いふ、子は助語也、シヤマウシイナヲは前にいへると同し 事にて、男子火のそはに立るイナヲといふ事也、 マチ子アベシヤマウシイナヲといへるは、マチは婦女をいひ、 子は助語なり、アベシヤマウシは前と同し事にて、 婦女火のそはに立るイナヲといふ事也、此イナヲに 男女のわかちある事ハ、火の神に男女あるといふにも あらす、唯祭れるイナヲに男女のわかち有よし也、 これを夷人に糺尋するといへとも、いまた其義の 詳なるを得す、追て考ふへし、思ふに乾男坤女の  この二つは、同じく火の神を祭る際に用いるものであるが、男女の別があるために、その形状が異なっているものである。ビンネアベシヤマウシイナヲとは、「ビン」は男子を表わし、「ネ」は助詞、「シヤマウシイナヲ」は前述の通りであり、合わせて「男子の火のそばに立つイナヲ」という意味である。「マチネアベシヤマウシイナヲ」とは、「マチ」は婦女を表わし、「ネ」は助詞、「アベシヤマウシ」は前述の通りであり、合わせて「婦女の火のそばに立つイナヲ」という意味である。このイナヲに男女の別があるのは、火の神に男女の別があるからというわけではない。ただ祭るイナヲに男女の別があるのみであるという。このわけについてアイヌの人々に聞き尋ねてみたのだが、いまだにその理由を詳らかにできないでいる。追って後考を期したい。ただ思うに、乾男坤女の
第1巻, 18ページ, タイトル:
義にて、たゝ陰陽の二つを男女と分ちたる事なる へし、これらの事誰おしへたるにもあらねと、用る ところのイナヲ男女のミなるにしたかひて、其削れ るかたち自ら仰伏のたかひありて、陰陽の象を 表したること誠に天地の自然に出たるにてそある へき、委しくは図を見てしるへし、夷語に男子を ビンといへる事は、其義いまた詳ならす、婦女を マチといへる事は、まさしく日本紀に命婦とかきて マチと訓したり、此マチ子アベシヤマウシイナヲを一には メノコアベシヤマウシイナヲともいへり、メノコといふも女の 事にて、是はとりもなをさす女子なるへし、 此二つのイナヲはヒロウといへる所の辺より 意味合いで、単に陰陽の二つを男女として分けたのではないか。こうした区分を誰が教えたというわけでもなかろうが、用いられるイナヲが男女のみであり、また、その削られた形状も自然と仰伏の相違があり、陰陽の象を表わしている。こうした区分は、誠に天地の自然が為さしめたものであろう。詳しくは、図を御参照ありたい。アイヌ語で男子を「ビン」という訳は、いまだ詳らかではない。しかし、婦女のことを「マチ」というのは、まさしく『日本紀』に命婦と書いて「まち」と訓じているのと通じている。また、このマチネアベシヤマウシイナヲは別にメノコアベシヤマウシイナヲともいう。「メノコ」という語も女を意味しており、これはとりもなおさず女子のことであろう。この二つのイナヲは、ヒロウという所辺りから
第2巻, 3ページ, タイトル: アユウシアマヽの図
第2巻, 5ページ, タイトル:
ゆへ也、 絶て米穀の類の生セさる地といふにハ 非す、すてに 本邦の人の行きて住居する ものは、麦あるは菜・大根とふを作るによく生 熟する事也、 是をアユウシアマヽと称す、アユとは刺をいひ、ウシ とは在るをいひ、アマヽは穀食の通称にして、 刺のある穀食といふ事也、この稗の穂には 刺の多くある故にかくはいへる也、夷人の伝言 するところは、この国闢けし初め天より火の神 降り□ひて、此種を伝へたまへり、それよりして かく作る事にはなりたるよし也、然るゆへに 是を尊ふ事大かたならす、其作り立るより からである。 また、蝦夷地はまったく米穀の類が生育しない地であるというわけでもない。実際、既に「本邦の人」が来住している地域では、麦または菜・大根等を栽培しており、よく成熟する様子が見られる。 この図に見える稗の一種は、アユウシアママと称されるものである。「アユ」とは刺のこと、「ウシ」は「在る」を表わし、「アママ」は穀類の通称で、つまり「刺のある穀物」という意味の言葉である。この稗の穂に刺が多くあるため、このように呼ばれている。アイヌの人々の伝承によれば、国の開けし初め、天から火の神が降臨なされ、この種をお伝えになり、それ以来栽培するようになったということである。そういう由緒を持つことから、アイヌの人々はこの作物を非常に尊んでおり、 栽培から
第2巻, 6ページ, タイトル:
食するに至るまてのわさことに心を用るなり、 其次第は後の図に委しく見へたり、是より 出たる糠といへともミたりにする事あらす、 其捨る所を家の側らに定め置き、ムルクタウシ カモイと称して、神明の在るところとなし、尊ミ おく事也、これまた後の図にミえたり、此稗を 奥羽の両国及ひ松前の地にてはまれに作れ る者ありて、蝦夷稗と称す、外の穀類には 似す、地の肥瘠にかゝはらすしてよく生熟し、 荒凶の事なしといへり、其蝦夷稗と称する 事ハ 本邦の地には無き物にして、蝦夷 の地より伝へ来りたるによりてかく称すると 食するまでの作法には、ことさら心を用いるのである。その作法の次第は、後掲の図に詳しい。彼らはそこから出る糠といえども粗末にすることはない。 棄てる場所を家の傍らに定めておき、ムルクタウシカモイと称し、神明のいますところとみなして、尊ぶのである。この様子も、後に掲げる図に見えるので参照されたい。 この稗についてであるが、奥羽の両国ならびに松前の地では稀に栽培する者がいて、「蝦夷稗」と称されて
第3巻, 5ページ, タイトル:
もある也、    サラニツフといへるは草にて作れる物也、俵に するといへるも多くは夷地のキナといへる物を 用ゆる也、二つともに委しくハ器財の部にミへたり、 此中来年の種になすへきをよく貯へ置にハ、 よく熟したる穂をゑらひ、茎をつけて剪り、よく たばねて苞となし、同しく蔵に入れをく也、 是にてまつアユウシアマヽを作り立るの業は 終る也、すへて是迄の事平易にして、格別に 艱難なるさまもなきよふにミゆれとも、ことに 然るにあらす、夷人の境よろつの器具とふも心に まかせすして力を労する事も甚しく、また 場合もある。 * サラニツフというのは、草で作られたものである。俵にこしらえる場合も、多くは蝦夷地のキナというものが用いられる.詳しくは本稿「器材の部」に記してある。 このなかから来年の種とするものを良い状態で貯えておくには、よく熟した穂を選び、茎をつけたまま刈り、よく束ねて包みとし、他の穂と同様に蔵に入れておく必用がある。 これでアユウシアママを作りたてる作業は終了である。全般にこれまでの作業は平易であり、格別に困難な様子などないように見えるが、そうではない。アイヌの人々の住む地では、諸種の農器具なども手に入らず、従って労力を費やすことが甚だしい。また、
第3巻, 15ページ, タイトル: ムルクタウシウンカモイの図 
第3巻, 16ページ, タイトル:
ムルクタウシウンカモイと称する事は、ムルクタは前に いふか如く糠を捨る事をいひ、ウシは立事を いひ、ウンは在る事をいひ、カモイは神をいひて、 糠を捨る所に立て在る神といふ事也、是はアユウシ アマヽとラタ子の二種は神より授け給へるよし いひ伝へて尊ひ重んする事、初めに記せる如く なるにより、およそ此二種にかゝはりたる物は 聊にても軽忽にする事ある時は、必らす神の 罰を蒙るよしをいひて、それより出たる糠と いへとも敢て猥りにせす、捨る所を住居のかたハらに 定め置き、イナヲを立て神明の在る所とし、尊ミ をく事也、唯糠のミに限らす、凡て二種の物の ムルクウタウシウンカモイとは、「ムルクタ」は前に述べた通り糠を捨てることを、「ウシ」は立てることを、「ウン」は「在る」という語を、「カモイ」は神をそれぞれ表し、合わせて「糠を捨てる所に立ててある神」という意味である。これについてであるが、アユウシアママとラタネの二種類の作物が神から授けられ給うたものと言い伝えて尊び重んじられていることは前に記した通りである。 そして、この二種類の作物に関わる物は、どんなものであっても軽率に扱えば必ず神罰を蒙るといい慣わしている。よってそれらから出た糠といえどもみだりには扱わず、捨てるところを住居の傍らに定めて置き、イナヲを立て、神明のいます所として尊んでいるのである。これは糠に限っての扱いではない。この二種類の作物の
第3巻, 19ページ, タイトル:
是はアユウシアマヽを烹るさまを図したる也、 アマヽシユケといふは、アマヽは穀食の事をいひ、シユケ とは烹る事をいひて、穀食を烹るといふ事也、 穀食は炊くともいふへきを、烹るといへるものは、夷 人の境、未飯に為す事をハしらて、唯水を多く 入れ粥に烹る計りの事なるゆへ、かくは称する なり、又ラタ子を食するは、汁に烹て喰ふ事也、 其食せんとする時、トイタに植をきたるを掘り とり来りて、    ラタ子はよく熟するといへとも、一時に残らす掘 とりて貯へ置といふ事はせす、植たるまゝにて トイタにをき、食するたひことに掘り出して用ゆる この図は、アユシアママを煮る様子を描いたものである。アママシユケとは、「アママ」が穀物のことを、「シユケ」が煮ることを表し、合わせて「穀物を煮る」という意味である。 穀物であるから「炊く」というのが通常であろうところを「煮る」といっているのは、アイヌの人々の住む地域では、いまだに穀物を飯とすることを知らず、ただ水を多く入れ粥として煮るのみであることによる。また、ラタネは、汁に入れて煮て食する。 ラタネを食べようとするときには、トイタに植えておいたものを掘り取ってきて、 * ラタネは、よく熟した場合でもいっぺんに残らず掘り取って貯えておくようなことはしない。植えたままでトイタに放置しておき、食する度ごとに掘り出して用いる
第3巻, 21ページ, タイトル:
本邦にいはんには、なを菓子なとに用ゆるか如し、 其汁の実の助となす物は、ラタ子の外にも 海苔あるは草とふを用ゆる事有、其草のかす 又多し、委しくは食草の部にミえたり、 右のうちアユウシアマヽは 本邦の事に 比していはんには、なを飯の如く、ラタ子はなを 菜汁とふの如き物なれとも、夷人の習ひ然る 事にさたまりたるにハあらす、二つともにいつれも 糧食となす事也、すへて此等の類の飲食に かゝはりたる事は、専ら女の夷人の業となす事、 本邦にことなる事あらす、其食するさまの 委曲は後の図にミえたり、 わが国でいうと、ちょうど菓子などとして用いるようなものである。なお、汁の実のとして付け合わされるものには、ラタネの他に、海苔や草などが挙げられる。その草の種類は少なくない。詳しくは、本稿「食草の部」に記されている。 二種の作物のうちアユシアママは、わが国でいうならば飯のようなもので、ラタネは同じく菜汁のようなものといえる。しかし、アイヌの人々の流儀では、そのように定まっているわけではない。両者ともに等価の糧食としているのである。なお、こうした飲食に関わる作業が専らアイヌ女性の領分であることは、わが国のそれと同様である。食事の様子の詳細については、次に掲げた図に示した通りである。
第5巻, 28ページ, タイトル:
詳らかならぬ事共多し、追て考ふ へし、此に出せる図は風の左りへ走るさま也、 艫の左右に縄を以て帆を繋き立て、アシナにてかぢを とり走る也、風の右に走んとすれは左右の 縄をくりかへ、帆を左にかたむけ風を請て 走るなり、夷語に是をホイボウチフといひ、 又バシテチフといひ、亦カヤウシチフといふ、ホイ ボウといふも、バシテといふも、皆走る事をいふ、 カヤウシはカヤは帆をいひ、ウシは立る事 をいひて、帆を立るといふ事、チフはいつれも 舟の事なれは、三つともに走る舟の事を いふなり、 つまびらかにできないことが多い。改めて考えることとしよう。  ここに出した図は、風の左の方へ航行するようすである。艫の左右に縄で帆を繋ぎ、アシナで梶をとって走るのである。風の右の方に走ろうとすれば、左右の縄をたぐり変えて帆を左に傾け、風をうけて走るのである。 アイヌ語でこれをホイボウチフといい、またバシテチフといい、あるいはカヤウシチフという。ホイボウというも、バシテというも、みな「走る」ことをいう。カヤウシとは、カヤは帆のことをいい、ウシは立るという意味で、「帆を立る」ということ、チフは舟のことだから、三つとも「走る舟」のことをいうのである。
第7巻, 11ページ, タイトル:
トンドは柱の事也、図に二種出せる事は、上 下の品あるゆへなり、上に図したるは岐頭の木に して、桁のくゝみに其まゝ岐頭のところを用る也、 是をイクシベトンドと称す、イクシベは岐頭の木を いひ、トンドは柱をいひて、岐頭の木の柱といふ事也、 是を下品の柱とす、下に図したるは常の柱にして、 桁のくゝみを筥の如くなして用る也、これをバロ ウシトンドと称す、バロは口をいひ、ウシは在るをいひて、 口のある柱といふ事なり、是を上品の柱とす、 すへて夷人の境、居家の製はその形ち大小広狭の たかひありて一ならすといへとも、柱の製はこの 二種に限る事なり、 ☆ トンドは柱のことである。二種類を図示したのは、上下の品があるためである。上に図示したのは頭が分かれた二股の木で、桁のくくみ?にそのまま二股のところを使うのである。これをイクシベトンドという。イクシベ【イク*シペ:ikuspe/柱】は二股の木をいい、トンド【トゥントゥ:tuntu/(大黒)柱】は柱のことで二股の木の柱ということである。これを下品の柱とする。 下に図示したのは通常の柱で、桁のくくみ?を丸い箱のようにして使うのである。これをバロウシトンドという。バロ【パロ:paro/その口】は口のことをいい、ウシ【ウ*シ:us/にある】は在るといって、口のある柱という意味である。これを上品の柱とする。総じてアイヌの人びとの国は、家の製法はその形、大小、広狭の違いがあって、同一ではないといっても、柱の製法はこの二種類に限られているのである。
第8巻, 11ページ, タイトル: ジアユウシシユトの図 
ジアユウシシユト いへるは、シは肬をいひ、 アユは刺し痛むを いひ、ウシは在るをいひ て、いほのさす事ある シユトといふ事なり、 是は図の如くにいぼ の在るシユトにて、拷掠 する時右のいぼ肉を さし痛むゆへに斯ハ いへるなるへし、 ☆ジアユウシシユトというのは、シ【?】はいぼをいい、アユ【アイ:ay/とげ】は刺して痛いことをいい、ウシ【ウ*シ:us/がある】は在るという意味で、いぼの刺すことがあるシユトということである。 これは図のようにいぼがあるシユトであって、むち打つとき、そのいぼが肉をさすので痛むためにこのようにいうのである。

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