蝦夷生計図説

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"イナヲ": 42 件ヒット

第1巻, 1ページ, タイトル: 第一巻表紙
蝦夷生計圖説イナヲ之部一
第1巻, 5ページ, タイトル: イナヲを製する図
第1巻, 6ページ, タイトル:
イナヲは 本邦にいふ幣帛の類なるにや、 都て蝦夷の俗は質素純朴なるによりて、天地の 事より初め神道を尊ひおそるゝ事、其国第一の 戒めたり、然るゆへに何事を為すにつきても、まつ 神明を尊ひ祭る事をつとめとして、是をカモイ ノミと称す、  カモイは神をいひ、ノミは祈る事をいひて、 神を祈るといふ事也、日本紀に神祈とかきて カミイノミと訓したると同し事なるにや、 委しくはカモイノミの部に見ゑたり、カモイノミの部未成 其カモイノミを行ふには、かならす此イナヲを用る 事故、神明を祭るにさしつひて大切なる物と イナヲとは、わが国でいう幣帛の一種のことと考えられる。「蝦夷」の風俗は、概ねにおいて質素純朴である。彼らの国の開闢以来一番の戒めとして、神道を尊び畏怖することを挙げているほどだ。従って、何事をするにつけても、まず神明を尊び祭ることを旨としており、それをカモイノミと称している。 *カモイは神を意味し、ノミは祈るという意味であり、神を祈るという意味である。『日本紀』(『日本書紀』)に「神祈」とかいて「カミイノミ」と訓ませている事例と同じことであろうか。詳しくは本書「カモイノミの部」を参照されたい。<割注:カモイノミの部未成>  カモイノミを行なうには、必ずこの図にあるようなイナヲを用いることになっている。それゆえ彼らにとってイナヲは、神明を祭るにあたって重要なものと
第1巻, 7ページ, タイトル:
する事也、是を製せんとすれは、潔斎ともいゝつ へきさまに、まつ其身を慎ミいさきよくす る事をなして、それより図の如くに製する也、    潔斎ともいふへき事は夷語にイコイコイと いひて、身を慎ミいさきよくする事のある也、委し くはカモイノミの部にミえたり、 是を製するに、小刀よふの器も、よのつねのは 用ひす、別にイナヲを製するためにたくハへ置 たるを取りいてゝ用ゆ、イナヲに為すへき木ハ何の 木とさたまりたるにもあらねと、いつれ質の白く して潔き木にあらされハ用ひす、其の削り出し たる木のくすといへとも妄にとりすつる事は 位置づけられている。 イナヲを作製するにあたっては、まるで潔斎でもするかのような様子で、その身を慎み清める行ないをしたうえで、図のような作業にかかるのである。  *潔斎でもするかのような行為のことについてであるが、彼らの言葉でイコイコイという、身を慎み清める行ないがある。イコイコイについての詳細は、本稿「カモイノミの部」を参照されたい。  イナヲを作製するにあたっては、日常用いている小刀は使用されない。特別にイナヲ作成用としてしまってあるものを取り出して用いるのである。イナヲとなる樹木の種類についてであるが、定まった決まりがあるわけではない。ただし、どんな種類であっても材質が白く清潔な木でなければ用いられることはない。こうした木からイナヲを作製する過程で生じた削りくずといえども、妄りに捨ててしまうことは
第1巻, 8ページ, タイトル:
あらす、 ことーーく家のかたハらのヌシヤサンにおさめ 置事也、    ヌシヤサンの事、カモイノミの部にミえたり、 其製するところの形ちは、神を祭るの法にした かひて、ことーーくたかひあり、後の図を見て知へし、 凡て是をイナヲと称し、亦ヌシヤとも称す、此二つの語 未さたかならすといへとも、イナヲはイナボの転語 なるへし、 本邦関東の農家にて正月十五日に 質白なる木をもて稲穂の形ちに作り糞壤にたてゝ    俗にいふこひつかの事也、 五穀の豊穣を祈り、是をイナボと称す、此事いか ない。 それらは一つ残らず家の傍らにあるヌシヤサンに納め置かれるのである。 *ヌシヤサンのことについてであるが、本稿「カモイノミの部」を参照されたい。 作製されたイナヲの形状についてであるが、神を祭るに際しての法に従って、ひとつひとつに相違がある。後掲の図を参照されたい。 これらを総称してイナヲまたはヌシヤという。この二つの語源は未詳であるが、うちイナヲはイナボ(稲穂)の転訛と考えられよう。我が国の関東農村において、正月一五日に材質の白い樹木を用いて稲穂の形にこしらえたものを糞壌に立てて *俗にいう「こひつか」(肥塚)のことである。 五穀豊穣を祈る儀礼があるが、その木製祭具を「イナボ」と称している。 この儀礼は、
第1巻, 9ページ, タイトル:
にも太古よりの遺風とこそミえたれ、さらは この事の転し伝りてイナホをイナヲとあやまり 称するにや、またヌシヤといへる事はとりもなを さすヌサの転語にして大麻の事なるへし、 此稲穂と大麻の二つは 本邦にしても、今の 世に及ひては形ちもかハり事も同しからぬよふに 思ひなさるれと、いつれも天地の神明を祭るか ために設るところの物にして、其用ゆるの意は ひとしく今の幣帛也、今の幣帛は専らに 紙を用ひ、麻をもちゆれとも、上古の時紙麻とふ の物流布せさりしには、木のミをもて製せし 事の有けんもしるへからす、其時にあたりてハ稲穂も いかにも太古からの遺風であるとの印象を受ける。そうだとすれば、こうした儀礼が転じ伝わって「イナホ」が「イナヲ」と誤って称されることになったのではなかろうか。また、「ヌシヤ」と称するのは、これはとりもなおさず「ヌサ」(幣)の転訛であり、大麻を指す言葉が伝播したと考えてよいであろう。 いま稲穂と大麻の二つについて言及したが、我が国について考えるならば、現在ではその形状も用いる儀礼も、太古のそれに比べ変化してきていると思われる。しかし、元来は両者とも天地の神明を祭る目的でつくられたものであり、その用途はいずれも現在の幣帛の持つ機能と同様である。現在幣帛は専ら紙や麻で作製されるが、上古にあって未だ紙や麻が流布していなかった時代には、樹木のみを素材としてつくられていた可能性がある。そう考えると、当時我が国では稲穂も
第1巻, 10ページ, タイトル:
大麻もひとしく木をもて製せし事にて、其  本邦太古のさまの転し伝りたるよりして、自ら イナヲ、ヌシヤとふの称は存するなるへし、是等の 事によらんには、まさしくイナヲは幣帛の 事をいふか如く、あまりに 本邦の事に近くきこ えて、蝦夷の事に熟せさらん人は附会のことのよふに のミそ思ふへけれ、されと此事計りにはあらす、 奥羽の地にして蝦夷の風俗そのまゝ存し残り たる事多く、又は今の蝦夷にしては失ひたる 事のかへつて奥羽の地に存し残りたる事も 少からす、これらの事委曲に此書の奥にしるし たれは、此書全備するの日にいたらんには自らかく 大麻も等しく樹木により作製されていた、ということになる。こうした太古の我が国において行なわれていた方式が転じ伝わったために、イナヲ、ヌシヤという二つの呼び方が併存しているものと思われる。 以上のことから考えると、イナヲと幣帛とは、まさしく同義のものであると位置付けられよう。イナヲをこう位置付ける事に関しては、あまりに我が国の風俗と同質の性格であると捉えていることから、蝦夷の事情に通じていない向きには牽強付会の説であるとの思いを抱かせるかもしれない。しかし、ことは独りイナヲだけの問題ではない。 例えば奥羽の地である。奥羽地方の習俗に蝦夷のそれがそのまま残存している事例は多い。のみならず現在の蝦夷が失ってしまった習俗が、かえって奥羽地方に残っていることも少なくないのである。こうした事例の様々は、本書の随所で仔細に触れているつもりである。従って、本書の全巻に目を通された暁には、おのずから我が国と蝦夷の風俗が同質であるという説がことごとく
第1巻, 11ページ, タイトル:
いふ事のことーーくよりところありといふ事は しらるへき事にこそ、    すへて夷人の言語のことーーく 本邦の語に 通する事は語解の部に委しく論したるゆへ、 其地のところにありてはミな欠て録さす、ひとり 此イナヲの部に限りては事により其語解を なさすしては会すへからさる事多きか故に、 やむ事を得すして録せし也、此部の中、語解を 論せし事はミな此ゆへと知へし、 論拠のあるものだということを御理解いただけるはずである。 * 夷人の言葉がことごとく我が国の言葉に語源を有していることについての様々は、本稿「語解の部」に詳述してある。従って、本書の他の部分に関しては一々それを指摘することをしていない。但し、この「イナヲの部」に限っては、語源解釈をせずに論を進めることが困難だったため、やむを得ず触れた次第である。「イナヲの部」において語源解釈を論じているのはこうした理由からであることをご理解いただきたい。
第1巻, 12ページ, タイトル: アベシヤマウシイナヲの図
第1巻, 13ページ, タイトル:
イナヲは火の神を祭る時に奉け用ゆるなり、 アべシヤマウシイナヲと称する事は、アベは火の事をいひ、 シヤマは物のそばをいひ、ウシは立つ事をいひて、 火のそはに立つイナヲといふ事也、此語なとハまさ しく 本邦の語にも通するにや、アベは火の事 をいふにあたれり、    此事ハ語解の部に委しく論したり、こと 長けれはこゝにしるさす、 シヤマはソバの転語にして、ウシはアシの転語なる へし、アシといへる事は、もと立つ事をいふとミゆる也、 人の脚をあしといへるも立つ事より出たるにや、 机案の類のしたに立たるところをあしといひ、  このイナヲは、火の神を祭るときに奉げ用いるものである。アベシヤマウシイナヲとは、「アベ」が火を、「シヤマ」が物のそばを、「ウシ」が立つことをそれぞれ表わし、合わせて「火のそばに立つイナヲ」という意味である。この語などはまさしく、我が国の言葉にも通じているように思われる。「アベ」とは、まさに火のことを言うのに当たっている。 * 「アベ」が火のことを指すということについては、本稿「語解の部」で詳しく論じている。長くなるのでここには記さない。 「シヤマ」は「そば」の転語であり、「ウシ」は「あし」の転語であろう。「あし」というのは、元来立つことを指していたと考えられる。人の足を「あし」というのも、立つことから出た言葉であろう。机などで下に立ててある部分を「あし」といい、
第1巻, 14ページ, タイトル:
其外雲あし、雨あしなといへる事も、ミなその 立るかたちをいへる也、かく見る時はアベシヤマウシ は火のそばに立つといふ事に通するなり、この イナヲは夷地のうちシリキシナイといふ所の辺 よりヒロウといへる所の辺まてにもちゆる也、 またその他「雲あし」・「雨あし」などという事例も、皆それが立っている形を指しての言葉である。こう考えてくると、「アベシヤマウシ」を「火のそばに立つ」と言っていることと相通じてくるのである。このイナヲは、蝦夷地のうちシリキシナイ(尻岸内)という所からヒロウ(広尾)という所の辺りまでの地域で用いられている。
第1巻, 15ページ, タイトル: ビン子アベシヤマウシイナヲの図
第1巻, 16ページ, タイトル: マチ子アベシヤマウシイナヲの図
第1巻, 17ページ, タイトル:
この二つはひとしく火の神を祭るに用ゆれ とも、男女のわかちあるによりて其形ちの替れる なり、ビン子アベシヤマウシイナヲといふは、ビンは男子を いふ、子は助語也、シヤマウシイナヲは前にいへると同し 事にて、男子火のそはに立るイナヲといふ事也、 マチ子アベシヤマウシイナヲといへるは、マチは婦女をいひ、 子は助語なり、アベシヤマウシは前と同し事にて、 婦女火のそはに立るイナヲといふ事也、此イナヲに 男女のわかちある事ハ、火の神に男女あるといふにも あらす、唯祭れるイナヲに男女のわかち有よし也、 これを夷人に糺尋するといへとも、いまた其義の 詳なるを得す、追て考ふへし、思ふに乾男坤女の  この二つは、同じく火の神を祭る際に用いるものであるが、男女の別があるために、その形状が異なっているものである。ビンネアベシヤマウシイナヲとは、「ビン」は男子を表わし、「ネ」は助詞、「シヤマウシイナヲ」は前述の通りであり、合わせて「男子の火のそばに立つイナヲ」という意味である。「マチネアベシヤマウシイナヲ」とは、「マチ」は婦女を表わし、「ネ」は助詞、「アベシヤマウシ」は前述の通りであり、合わせて「婦女の火のそばに立つイナヲ」という意味である。このイナヲに男女の別があるのは、火の神に男女の別があるからというわけではない。ただ祭るイナヲに男女の別があるのみであるという。このわけについてアイヌの人々に聞き尋ねてみたのだが、いまだにその理由を詳らかにできないでいる。追って後考を期したい。ただ思うに、乾男坤女の
第1巻, 18ページ, タイトル:
義にて、たゝ陰陽の二つを男女と分ちたる事なる へし、これらの事誰おしへたるにもあらねと、用る ところのイナヲ男女のミなるにしたかひて、其削れ るかたち自ら仰伏のたかひありて、陰陽の象を 表したること誠に天地の自然に出たるにてそある へき、委しくは図を見てしるへし、夷語に男子を ビンといへる事は、其義いまた詳ならす、婦女を マチといへる事は、まさしく日本紀に命婦とかきて マチと訓したり、此マチ子アベシヤマウシイナヲを一には メノコアベシヤマウシイナヲともいへり、メノコといふも女の 事にて、是はとりもなをさす女子なるへし、 此二つのイナヲはヒロウといへる所の辺より 意味合いで、単に陰陽の二つを男女として分けたのではないか。こうした区分を誰が教えたというわけでもなかろうが、用いられるイナヲが男女のみであり、また、その削られた形状も自然と仰伏の相違があり、陰陽の象を表わしている。こうした区分は、誠に天地の自然が為さしめたものであろう。詳しくは、図を御参照ありたい。アイヌ語で男子を「ビン」という訳は、いまだ詳らかではない。しかし、婦女のことを「マチ」というのは、まさしく『日本紀』に命婦と書いて「まち」と訓じているのと通じている。また、このマチネアベシヤマウシイナヲは別にメノコアベシヤマウシイナヲともいう。「メノコ」という語も女を意味しており、これはとりもなおさず女子のことであろう。この二つのイナヲは、ヒロウという所辺りから
第1巻, 19ページ, タイトル:
クナシリ島の辺にいたるまてにもちゆる なり、    但し、此イナヲ、まつはビロウの辺よりクナシリ 島の辺まてに限りて多く用ゆれとも、ことに よりては、シリキシナイの辺よりビロウまての 地にても用ゆる事のあるさまなり、追て糺尋 の上、たしかに録すへし、 クナシリ島の辺りまでの地域で用いられるものである。 * 但し、このイナヲは、概ねにおいてビロウの辺りからクナシリ島の辺りまでの地域で多く用いられるものであるが、ことによってはシリキシナイの辺りからビロウの辺りまでの地域でも用いられることがあるようである。追って聞き取りのうえ、確実な情報を記したい。
第1巻, 20ページ, タイトル: キケチノイイナヲの図二種
第1巻, 22ページ, タイトル:
これは家中の安穏を祈るに用ゆ、キケとは 物を削る事をいひ、チは助語なり、ノイといふは 物を捻る事をいひて、削り捻るイナヲといふ事也、 此等の語もほゝ 本邦の野鄙なることはに 通するにや、 本邦の詞に物を削る事をカク といふ、カクはキケと通すへし、ノイはねへと通して ねちといふの転語なるへし、さらはキケノイヽナヲは かきねちるイナヲといふ事と聞ゆるなり、二種のうち 初の図はシリキシナイといへる所の辺よりビロウと いへる所の辺迄に用ゆ、後の図はビロウの辺より クナシリ島の辺まてに用ゆる也、其形ちの少しく たかへる事は図を見てしるへし、  これは、家中の安穏を祈るのに用いられる。「キケ」とは物を削ることをいい、「チ」は助詞、「ノイ」は物を捻ることを表わし、合わせて「削り捻るイナヲ」という意味である。これらの語も、ほぼ我が国の田舎の言葉に通じているようだ。我が国の言葉では、物を削ることを「かく」という。「かく」は「キケ」に通じるだろうし、「ノイ」は「ねえ」と通じ、「ねじ」という言葉の転語であろう。そうであるならば、キケチノイイナヲとは、「かきねじるイナヲ」という意味に聞こえるのである。なお、二種の図のうち、最初の図はシリキシナイという所の辺りからビロウという所の辺りまでに用いられており、後の図はビロウの辺りからクナシリ島の辺りまでに用いられているものである。その形状に少々相違がある点は、図によって確認されたい。
第1巻, 23ページ, タイトル: キケハアロセイナヲの図二種 
第1巻, 25ページ, タイトル:
これは何とさたまりたる事なくすへて神明を 祈るに用ゆる也、キケは前にいふと同し事にて 削る事をいひ、ハアロは物の垂れ揺くかたちをいひ、 セは助語にて、削りたれ揺くイナヲといふ事也、 此ハウロといへることはも 本邦の俗語に、物のかろく 垂れ揺くさまをフアリーーーといふ事有、しかれは ハウロはフアリと通して、キケハウロイナヲといふは 削りふありとしたるイナヲといふ事と聞ゆる也、 二種の形ちの少しくかハれる事あるは、前のキケ チノイヽナヲにしるせしと同し事にて、前の図はシリ キシナイの辺よりビロウの辺迄に用ひ、後の図はヒロウ の辺よりクナシリ嶌の辺まてにもちゆる也、  これは、特定の定まった対象はないが、神明一般に祈る際に用いられる。「キケ」は前に述べたのと同様削ることをいい、「ハアロ」は物の垂れ動くかたちを表わし、「セ」は助詞であり、合わせて「削り垂れ動くイナヲ」という意味である。 この「ハアロ」という言葉についてであるが、我が国の俗語で、物が軽く垂れ動く様子を「ふあり、ふあり」ということがある。即ち、「ハウロ」は「ふあり」と通じて、キケハウロイナヲとは「削りふありとしたるイナヲ」という意味に聞こえるのである。 なお、図に掲げた二種の形に少々相違があるのは、前のキケチノイイナヲの個所で記したのと同様、最初の図はシリキシナイという所の辺りからビロウという所の辺りまでに用いられており、後の図はビロウの辺りからクナシリ島の辺りまでに用いられているものである。
第1巻, 26ページ, タイトル: ハルケイナヲの図
第1巻, 27ページ, タイトル:
ハルケとは縄の事をいひて、縄のイナヲといふ事 なり、又一つにはトシイナヲともいふ、トシは舩中に 用ゆる綱の事をいひて、綱のイナヲといふ事 なり、是はこのイナヲの形ち縄の如く、又綱の如く によれたるゆへに、かくは称する也、此イナヲはすへて カモイノミを行ふの時、其家の四方の囲ひより初め 梁柱とふに至るまて、 本邦の民家にて 正月注連を張りたる如く奉けかさる也、按るに、  本邦辺鄙の俗、注連にはさむ紙をかきたれと 称し、又人家の門戸に正月あるひは神を祭る 事ある時は、枝のまゝなる竹を杭と同しく立て、 注連を張り、其竹につけたる紙をも又かきたれと  「ハルケ」とは縄のことを表わし、「縄のイナヲ」という意味である。また、別にトシイナヲともいう。「トシ」とは船で用いる綱のことをいい、「綱のイナヲ」という意味である。これは、このイナヲの形状が縄のように、あるいは綱のように撚れているために、こう称されるのである。このイナヲは、カモイノミを行なうときに、家の四方の囲いからはじめ、梁柱などに至るまでの隅々を、我が国の民家において正月に注連縄を張るように奉げ飾るのに用いられるのである。按ずるに、我が国の辺鄙の地における風俗に、注連縄に挟む紙を「かきたれ」と称し、また人家の門戸に正月あるいは神事がある時に枝のままの竹を杭のように立て注連縄を張るのであるが、その竹につけた紙のことも「かきたれ」と
第1巻, 28ページ, タイトル:
称す、かきたれといへる事はもと削り垂ると いはんか如き事なるを、紙にて製せし物に称する 事、其義あたれりとも思はれす、これは古へ紙 製の事いまた流布せさりし時にハ、辺鄙の 民家とふにてハ、これらの物ミな質白なる木を 用ひて製せしより、おのつからかきたれとふの 名は唱へしなるへし、今夷人の俗に此イナヲ を用ゆる事は、まさしくかの 本邦上古の 時、木にて製せしかきたれの遺風を伝へし 事とミゆる也、 いるものがある。 「かきたれ」という言葉は、元々は削り垂れるというような意味だったのであろうが、それを紙でつくったものを表わす言葉として用いるのは、意味的に言ってあたっているとは思われない。これは、紙がまだ流布していなかった古い時代に、辺鄙の地の民家などにては、材質の白い木を用いてこうしたものを作っていたため、自ずから「かきたれ」という名が唱えられたものと考えられる。現在アイヌの人々がこのイナヲを用いているのは、まさしくわが国における上古の時代に木でつくられた、かの「かきたれ」の遺風を伝えているものと見ることができるのである。
第1巻, 29ページ, タイトル: シユトイナヲの図
第1巻, 30ページ, タイトル:
シユトといへるは、もと杖の名にして、ウカルを行ふ 時にもちゆる物也、    ウカルといふは、夷人の俗罪を犯したる者あれハ、 それをむちうつ事のある也、シユトは其むち うつ杖の事をいふ、委しくは、ウカルの部にミえたり、 此イナヲを製するには、まつ木をシユトの形ちの 如くにして、それより次第に削り立る事をなすに よりて、かくは名つけし也、 本邦の語に 罪人をうつ杖の事をしもとゝいふ、さらはシユトは しもとの転語にして、これ又 本邦の語に 通するにや、このイナヲはいつれの神を祈るにも 通し用ゆる事也、 「シユト」とは、もと杖の意味であり、ウカル( )を行なう時に用いられる。 * ウカルといって、アイヌの人々のなかで俗罪を犯した者がいた場合、その者を鞭打つことがある。シユトは、その際に用いられる杖のことをいう。詳しくは、本稿「ウカルの部」に記してある。このイナヲを作製するときに、まず木をシユトの形のように加工してから順次削っていくことにより、こう名づけられたのである。わが国の言葉で罪人を打つ杖のことを「しもと」という。つまり、「シユト」は「しもと」の転語であり、これまたわが国の言葉と通じていることになろう。なお、このイナヲはどの神を祈るにも共通して用いられるものである。
第1巻, 31ページ, タイトル: イコシラツケイナヲの図
第1巻, 32ページ, タイトル:
イコシは守りをいひ、ラツケは物を掛け置く事を いひて、守りを懸け置くイナヲといふ事なり、    守りといへるは夷人の身を守護するところの 宝器をいふ也、その宝器はなを 本邦の俗に 小児の守り袋なといはんか如く、身の守りになる よしいひて、殊の外に尊ふ事也、委しくハ宝器の 部にミえたり、 時ありて此イナヲに其宝器をかけ、住居のヌシヤ サンにかさり置て祈る事のある也、其祈る事は ことーーく意味深きよしなれは、夷人の甚秘する 事にて、人にかたらさるゆへ、其義いまた詳ならす、 追て探索の上録すへし、  「イコシ」はお守りを、「ラツケ」は物を掛けて置くことを表わし、合わせて「お守りを掛けて置くイナヲ」という意味である。 * お守りというのは、アイヌの人々の身を守護してくれる宝器のことである。その宝器は、わが国で俗に小児の守り袋などのように、身の守りになるといって、大変尊ばれるものである。詳しくは、本稿「宝器の部」に記してある。 時折、このイナヲにその宝器を掛け、住居に附属するヌシヤサンに飾り置いて祈ることがある。何を祈っているかについては、その悉くについて深い意味があるとのことで、アイヌの人々は甚だ秘して他人には語らないため、いまだ詳らかにすることはできない。追って探索の上記すこととしたい。
第1巻, 33ページ, タイトル: チカツフイナヲの図
第1巻, 34ページ, タイトル:
チカツフとは鳥の事をいふ也、是は養ひ置し 鳥を殺す時は、此イナヲを用ひて、其殺せし鳥の 霊を祭る也、これによりて鳥のイナヲといふ心 にてかく名つけし也、    およそ夷人の俗、熊・狐の類、其外諸鳥をかひ 置て、是を殺す事あるときは、其霊を祭る事 甚た厚く、意味も又ことに深し、別に部類を 分ちてほゝしるしたりといへとも、いまた詳ならさる 事とも多し、追て糺尋の上録すへし、  チカツフとは鳥のことを意味する。飼育していた鳥を殺すときに、このイナヲを用いて、その殺した鳥の霊を祭るのである。こうした用途のため、「鳥のイナヲ」という意味で、こう名づけられている。 * 一般的にアイヌの人々の間には、熊や狐の類、そのほか様々な鳥を飼育しておく慣習がある。そして、これらを殺すに際しては、その霊を大変篤く祭ることをなし、又その祭りにこめられる意義にも非常に深いものがある。これについては別に章を改めてその大略を記してあるが、依然として詳らかにされていない事柄が少なくない。追って聞き取りの上、記すことを期したい。
第1巻, 35ページ, タイトル: イアシイナヲの図
第1巻, 36ページ, タイトル: ハシイナヲの図
第1巻, 37ページ, タイトル:
ハシとは木の小枝の事をいふ、すなハち  本邦にいふ柴の類にて、柴のイナヲといふ事也、 是は漁獵をせんとするとき、まつ海岸にて水伯 を祭る事あり、其時此イナヲを柴の□籬の如く ゆひ立て奉くる事なり、其外コタンコルまたはヌシヤ サンなとにも奉け用る事もあり、    コタンコル、ヌシヤサンの事は、カモイノミの部に ミえたり、 右に録せし外、イナヲの類あまたありといへとも、 其用るところの義、未詳ならさる事多きか故に、 今暫く欠て録せす、後来糺尋の上、其義の 詳なるをまちて録すへし、  「ハシ」とは木の小枝のことである。即ち、わが国でいう柴の類であり、「柴のイナヲ」という意味である。漁猟をしようとするときには、まず海岸で水伯を祭ることをなす。その時に、このイナウを柴の□籬のように結い立てて奉げるのである。その他、コタンコルまたはヌシヤサンなどにも奉げ用いることもある。 * コタンコルやヌシヤサンのことについては、本稿「カモイノミの部」に記してある。 右に記した他にも、イナヲの類は沢山あるが、その用途の意義がいまだに詳らかではないものが多いので、とりあえず今は記さずにおくこととしたい。後日聞き取りの上、その意義が詳らかになるのを待って、記すことを期するものである。
第2巻, 17ページ, タイトル:
かろーーしき事をハせす、さらハ此等の事にも 別に意味のありてかくはなせるにや、其義 未詳ならす、追て糺尋の上録すへし、 是に図したるところは、トイタとなすへき ためにまつ初めに其地の草をかるさま也、ムンカル と称する事は、ムンは草をいひ、カルは則ち苅る 事をいひて、草をかるといふ事也、すへて 此のトイタの事は、初め草をかるより種を蒔き、 其外熟するに至て苅りおさむるとふの事 に至るまて、多くは老人の夷あるハ女子の 夷の業とする事也、     草をかるには先つ其ところにイナヲを奉けて 軽々しい行いはしないものだ。そうしたことから考えるに、或いは別の意味があってトイタの地を定めているのかも知れず、その判断基準はいまだ詳らかではない。追って聞き取りの上、後考を期したい。 ここに掲げた図は、トイタとするために先ず初めにその地の草を刈る様子を示したものである。この作業をムンカルというのは、「ムン」が草を、「カル」が刈ることを表わし、あわせて草を刈ることを意味することによっている。トイタに関わる作業には、草を刈ることから始まり、種蒔きや稔ってからの収穫に至るまで、その多くに老人や女性が携わることとなっている。 * 草を刈るには、まず刈る場所にイナヲを捧げて
第3巻, 16ページ, タイトル:
ムルクタウシウンカモイと称する事は、ムルクタは前に いふか如く糠を捨る事をいひ、ウシは立事を いひ、ウンは在る事をいひ、カモイは神をいひて、 糠を捨る所に立て在る神といふ事也、是はアユウシ アマヽとラタ子の二種は神より授け給へるよし いひ伝へて尊ひ重んする事、初めに記せる如く なるにより、およそ此二種にかゝはりたる物は 聊にても軽忽にする事ある時は、必らす神の 罰を蒙るよしをいひて、それより出たる糠と いへとも敢て猥りにせす、捨る所を住居のかたハらに 定め置き、イナヲを立て神明の在る所とし、尊ミ をく事也、唯糠のミに限らす、凡て二種の物の ムルクウタウシウンカモイとは、「ムルクタ」は前に述べた通り糠を捨てることを、「ウシ」は立てることを、「ウン」は「在る」という語を、「カモイ」は神をそれぞれ表し、合わせて「糠を捨てる所に立ててある神」という意味である。これについてであるが、アユウシアママとラタネの二種類の作物が神から授けられ給うたものと言い伝えて尊び重んじられていることは前に記した通りである。 そして、この二種類の作物に関わる物は、どんなものであっても軽率に扱えば必ず神罰を蒙るといい慣わしている。よってそれらから出た糠といえどもみだりには扱わず、捨てるところを住居の傍らに定めて置き、イナヲを立て、神明のいます所として尊んでいるのである。これは糠に限っての扱いではない。この二種類の作物の
第4巻, 4ページ, タイトル:
凡夷人の舟は敷をもて其基本とす、しかるか 故に舟を作んとすれは、まつ初めに山中に 入て敷となすへき大木を求むる事也、    夷人の舟は、敷をもて本とする事、後に くハしく見へたり、 其山中に入んとする時にあたりてハ、かならす先つ 山口にて図の如くイナヲをさゝけて山神を祭り、    イナヲといへるは、 本邦にいふ幣帛の類也、 くハしくはイナヲの部にミえたり、 埼嶇□嶢のミちを歴るといへとも、身に 恙なくかつは猛獣の害にあはさる事とふを 祈る也、其祈る詞にキムンカモイヒリカノ ☆すべてアイヌの舟は船体が基本である。だから舟を作ろうとすれば、まずはじめにおこなうのは山に入って船体とする大木を探し求めることである。  <註:アイヌの舟は船体が基本であることは、後に詳しく述べられている> ☆そのために山の中に入ろうとするときには、かならず最初に山の入り口で図のようにイナウを捧げて山の神を祭り、 <註:イナウというのはわが国でいうところの御幣のたぐいである。詳しく は「イナヲの部」に述べられている> ☆ 崖や@@の道を歩きまわっても、自分のからだにつつがなく、さらに猛獣に襲われないことを祈るのである。その祈りことばに「キムンカモイヒリカノ
第4巻, 7ページ, タイトル:
山中に入り敷となすへき良材を尋ね求め、 たつね得るにおよひて、其木の下に至り、 図の如くイナヲをさゝけて地神を祭り、その 地の神よりこひうくる也、その祭る詞に、 シリコルカモイタンチクニコレと唱ふ、シリは地を いひ、コルは主をいひ、カモイは神をいひ、タンは 此といふ事、チクニは木をいひ、コレは賜れといふ 事にて、地を主る神此木を賜れといふ事也、 この祭り終りて後、其木を伐りとる事図の 如し、敷の木のミに限らす、すへて木を伐んと すれハ、大小共に其所の地神を祭り、神にこひ請て 後伐りとる事、是又夷人の習俗なり、 ☆ 山中にはいって船体となる良材をさがして歩き、それが見つかったので、その木の下へ行って、図のように木にイナウを捧げて地の神さまをお祭りし、その神さまから譲りうけるのである。その祈りことばは「シリコルカモイタンチクニコレ」と唱えるのである。シリは地をいい、コルは主をいい、カモイは神をいい、タンは此ということ。チクニは木をいい、コレは賜われということであって、「地をつかさどる神さま、この木をくださいな」ということである。 この祭りが終わったあとで、その木をきりとる様子は図に示した。船体の木ばかりではなく、どんな場合でも木を伐ろうとするときは大小の区別なくそのところにまします地の神をまつって、神さまにお願いしたのちに伐採するのはアイヌの人びとの習慣なのである。
第4巻, 11ページ, タイトル: 舟敷の大概作り終りて木の精を祭る図
舟敷の大概つくり終りてより、其伐り とりし木の株ならひに梢にイナヲを さゝけて木の精を祭る事図の如し、其祭る 詞にチクニヒリカノヌウハニチツフカモイキ ヤツカイウエンアンベイシヤムヒリカノイカシコレ と唱ふ、チクニは木をいひ、ヒリカはよくといふ事、 ヌウハニは聞けといふ事、チツフは舟をいひ、 カモイは神をいひ、キは為すをいひ、ヤツカイは よつてといふ事、ウエンアンベは悪き事を いひ、イシヤムは無きをいひ、ヒリカは上に同し、 イカシは守護をいひ、コレは賜れといふ事にて、 木よく聞け、舟の神となすによつて悪事 ☆ 船体のおおよそを造り終わってから、その伐りとった木の株と梢にイナウを捧げて木の霊をお祭りすることは図にしめしたとおりである。その祈りことばは「チクニヒリカノヌウハニチツフカモイキヤツカイウエンアンベイシヤムヒリカノイカシコレ」と唱えるのである。その意味はチクニは木のことをいい、ヒリカはよくということ、ヌウハニは聞けということ、チツフは舟のことをいい、カモイは神をいい、キはするといい、ヤツカイはよってということ、ウエンアンベは悪いことをいい、イシヤムは無いということ、ヒリカは上と同じ、イカシは守護をいい、コレはしてくださいということであって、「木よ、よく聞いてください。あなたを舟の神とするので、悪いことが
第4巻, 12ページ, タイトル:
舟敷の大概つくり終りてより、其伐り とりし木の株ならひに梢にイナヲを さゝけて木の精を祭る事図の如し、其祭る 詞にチクニヒリカノヌウハニチツフカモイキ ヤツカイウエンアンベイシヤムヒリカノイカシコレ と唱ふ、チクニは木をいひ、ヒリカはよくといふ事、 ヌウハニは聞けといふ事、チツフは舟をいひ、 カモイは神をいひ、キは為すをいひ、ヤツカイは よつてといふ事、ウエンアンベは悪き事を いひ、イシヤムは無きをいひ、ヒリカは上に同し、 イカシは守護をいひ、コレは賜れといふ事にて、 木よく聞け、舟の神となすによつて悪事 ☆ 船体のおおよそを造り終わってから、その伐りとった木の株と梢にイナウを捧げて木の霊をお祭りすることは図にしめしたとおりである。その祈りことばは「チクニヒリカノヌウハニチツフカモイキヤツカイウエンアンベイシヤムヒリカノイカシコレ」と唱えるのである。その意味はチクニは木のことをいい、ヒリカはよくということ、ヌウハニは聞けということ、チツフは舟のことをいい、カモイは神をいい、キはするといい、ヤツカイはよってということ、ウエンアンベは悪いことをいい、イシヤムは無いということ、ヒリカは上と同じ、イカシは守護をいい、コレはしてくださいということであって、「木よ、よく聞いてください。あなたを舟の神とするので、悪いことが
第4巻, 13ページ, タイトル:
なくよく守護たまはれといふ事也、 これは夷人の心に、およそ性ある物にハ ことーーく魂魄ありとおほへたるによりて、 無情の木なれともかくイナヲをさゝけて 祭りをなし、其伐りとりしことハりを のへて尊敬する也、魂魄を夷語にラマチと 称す、草木たにかくの如くなれハ、まして 有情の禽獣なと殺すときは、その精を 祭る事甚厚し、 起こらないようによくお守りください」ということである。 これはアイヌの人びとの心のなかに、すべて性?あるものにはことごとく魂魄がそなわっているという考えがあるので、情というもののない樹木でさえも(それを伐採するときには)とのかくイナヲを捧げてお祈りをして、伐採する理由などをのべて敬虔に接するのである。魂魄をアイヌ語でラマチという。  草木にたいしてさえこのように接するのだから、情のある鳥やけだものを殺すときはその霊をお祭りすることにはとても敬虔なのである。
第5巻, 4ページ, タイトル:
舟の製作が完全に終ってから、図のようにイナヲを舳に立てて、舟神を祭るのである。舟神は、今、日本の船乗りのことばで舟霊(ふなだま)というものと同様である。それを祈ることばに「チプカシケタウエンアンベイシヤマヒリカノイカシコレ」という。 チプは舟をいい、カシケタは上にということ、ウエンは悪いことをいい、アンベは有ることをいい、イシヤマは無いということ、ヒリカは良いということ、イカシは守ることをいい、コレは賜れということで、「舟の上で悪いことがあることなくよく守り賜え」ということである。この舟神に祈ることはただ、船上での安全を祈願するだけではない。新しく作る 舟の製作全く整ひて後、図の如くイナヲ を舳に立て舟神を祭るなり、舟神は今   本邦舩師の語に舟霊といふか如し、其 祈る詞に、チプカシケタウエンアンベイシヤマヒリ カノイカシコレと唱ふ、チプは舟をいひ、カシケタは 上にといふ事、ウエンは悪き事をいひ、アンベは 有る事をいひ、イシヤマは無き事をいひ、 ヒリカはよきをいひ、イカシは守護をいひ、 コレは賜れといふ事にて、舟の上悪き事 ある事なくよく守護を賜へといふ 事なり、此舟神を祈る事ハ、唯舟上の 安穏を願ふのミにあらす、新たに造れる
第7巻, 39ページ, タイトル:
此図は木の皮にてふきたる屋の上を草と茅 とにてかさね葺たる家のさま也、竹の葉にて ふきたる屋の上を草と茅とにてふきたる家も、 又たゝ草と茅とはかりにてふきたる家も、其形ち 図にあらハしたるところにてはいさゝかかはれる事な きゆへ、此図一を録して右二の図をは略せる也、 右に録せる数種の家、いつれにても経営の事全く 終りてより移住セんとするには、まつ爐を開きて 火神を祭り、また屋の上にイナヲをたてゝ日神を 祭り、それより 本邦にいふわたましなとの 如き事を行ふよし也、然れともこれらの事いまた詳 ならさる事多きゆへ、子細に録しかたし、追て糺尋 の上録すへし、    火神・日神とふを祭る事ハ、委しくカモイノミ の部に見えたり、 ☆ この図は木の皮で葺いた屋根の上に草と茅とを重ねて葺いた家のさまである。竹の葉で葺いた屋根の上を草と茅とで吹いた家も、また、ただ草と茅ばかりで葺いた家も、そのかたちを図にあらわしたら、すこしもかわるところはないので、この図ひとつを記してあとのふたつは略してある。 右に記した数種の家はいずれも建築がおわってから移り住もうとするには、まず、炉をきって 火の神をまつり、また屋根の上にイナヲをたてて日の神をまつり、それからわが国でいう「わたまし?」などのようなことをおこなうのだという。しかしながら、これらのことはまだよくわからないことが多いのでくわしくしるすことはできない。いずれ改めて聞きただした上でき記録することにしよう。    <註:火の神・日の神などを祭る事は、詳しく「カモイノミの部」に記してある。>
第8巻, 9ページ, タイトル:
是はウカルを行ふの時、拷掠するに用る杖なり、 シユトと称する事はシモトの転語なるへし、    本邦の語に□笞をしもとゝ訓したり、 これを製するには、いつれの木にても質の堅固 なる木をもて製するなり、其形ちさまーー変り たるありて、名も又同しからす、後に出せる図を 見てしるへし、此に図したるをルヲイシユト と称す、ルとは樋をいひ、ヲイは在るをいひて、 樋の在るシユトといふ事也、後に図したる如く 種類多しといへとも、常にはこのルヲイシユト のミを用ゆる事多し、夷人の俗、此具をことの 外に尊ひて、男の夷人はいつれ壱人に壱本 つゝを貯蔵する事也、人によりてハ壱人にて 三、四本を蔵するもあり、女の夷人なとには 聊にても手をふるゝ事を許さす、かしらの ところにハルケイナヲを巻て枕の上に懸置也、 ☆ これはウカルをおこなうとき、むち打つのに用いる杖である。シユトという語はシモトの転語であろう。    <註:わが国のことばで楉笞を「しもと」と訓じている>  これを作るには、どんな木でも木質の堅い木を用いる。そのかたち、いろいろ変ったものがあって、名称も同じではない。あとに出した図を見て理解してほしい。  ここに図示したものをルヲイシユト【ruosutuあるいはruunsutu→ruuysutuか?】という。ル【ル:ru/筋】は樋をいい、ヲイ【オ:o/にある。ウン→ウイ?:un→uy?/ある?】は在るということで、樋の在るシユト【ストゥ:sutu/棍棒、制裁棒】ということである。後に図示したように種類は多くあるが、通常はこのルヲイシユトのみを使うことが多い。  アイヌの人びとのならいでは、この道具をことのほか尊んで、男はみなひとり一本づつもっているのである。ひとによっては、ひとりで三、四本をもっているものもあるが、女などにはわずかでも手を触れることを許さない。その頭のところにはハルケイナヲ【ハ*ラキ● イナウ:harki inaw/●】を巻いて、枕の上に掛けておくのである。

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