蝦夷生計図説

検索結果

"アユウシ": 7 件ヒット

第2巻, 3ページ, タイトル: アユウシアマヽの図
第2巻, 5ページ, タイトル:
ゆへ也、 絶て米穀の類の生セさる地といふにハ 非す、すてに 本邦の人の行きて住居する ものは、麦あるは菜・大根とふを作るによく生 熟する事也、 是をアユウシアマヽと称す、アユとは刺をいひ、ウシ とは在るをいひ、アマヽは穀食の通称にして、 刺のある穀食といふ事也、この稗の穂には 刺の多くある故にかくはいへる也、夷人の伝言 するところは、この国闢けし初め天より火の神 降り□ひて、此種を伝へたまへり、それよりして かく作る事にはなりたるよし也、然るゆへに 是を尊ふ事大かたならす、其作り立るより からである。 また、蝦夷地はまったく米穀の類が生育しない地であるというわけでもない。実際、既に「本邦の人」が来住している地域では、麦または菜・大根等を栽培しており、よく成熟する様子が見られる。 この図に見える稗の一種は、アユウシアママと称されるものである。「アユ」とは刺のこと、「ウシ」は「在る」を表わし、「アママ」は穀類の通称で、つまり「刺のある穀物」という意味の言葉である。この稗の穂に刺が多くあるため、このように呼ばれている。アイヌの人々の伝承によれば、国の開けし初め、天から火の神が降臨なされ、この種をお伝えになり、それ以来栽培するようになったということである。そういう由緒を持つことから、アイヌの人々はこの作物を非常に尊んでおり、 栽培から
第3巻, 5ページ, タイトル:
もある也、    サラニツフといへるは草にて作れる物也、俵に するといへるも多くは夷地のキナといへる物を 用ゆる也、二つともに委しくハ器財の部にミへたり、 此中来年の種になすへきをよく貯へ置にハ、 よく熟したる穂をゑらひ、茎をつけて剪り、よく たばねて苞となし、同しく蔵に入れをく也、 是にてまつアユウシアマヽを作り立るの業は 終る也、すへて是迄の事平易にして、格別に 艱難なるさまもなきよふにミゆれとも、ことに 然るにあらす、夷人の境よろつの器具とふも心に まかせすして力を労する事も甚しく、また 場合もある。 * サラニツフというのは、草で作られたものである。俵にこしらえる場合も、多くは蝦夷地のキナというものが用いられる.詳しくは本稿「器材の部」に記してある。 このなかから来年の種とするものを良い状態で貯えておくには、よく熟した穂を選び、茎をつけたまま刈り、よく束ねて包みとし、他の穂と同様に蔵に入れておく必用がある。 これでアユウシアママを作りたてる作業は終了である。全般にこれまでの作業は平易であり、格別に困難な様子などないように見えるが、そうではない。アイヌの人々の住む地では、諸種の農器具なども手に入らず、従って労力を費やすことが甚だしい。また、
第3巻, 16ページ, タイトル:
ムルクタウシウンカモイと称する事は、ムルクタは前に いふか如く糠を捨る事をいひ、ウシは立事を いひ、ウンは在る事をいひ、カモイは神をいひて、 糠を捨る所に立て在る神といふ事也、是はアユウシ アマヽとラタ子の二種は神より授け給へるよし いひ伝へて尊ひ重んする事、初めに記せる如く なるにより、およそ此二種にかゝはりたる物は 聊にても軽忽にする事ある時は、必らす神の 罰を蒙るよしをいひて、それより出たる糠と いへとも敢て猥りにせす、捨る所を住居のかたハらに 定め置き、イナヲを立て神明の在る所とし、尊ミ をく事也、唯糠のミに限らす、凡て二種の物の ムルクウタウシウンカモイとは、「ムルクタ」は前に述べた通り糠を捨てることを、「ウシ」は立てることを、「ウン」は「在る」という語を、「カモイ」は神をそれぞれ表し、合わせて「糠を捨てる所に立ててある神」という意味である。これについてであるが、アユウシアママとラタネの二種類の作物が神から授けられ給うたものと言い伝えて尊び重んじられていることは前に記した通りである。 そして、この二種類の作物に関わる物は、どんなものであっても軽率に扱えば必ず神罰を蒙るといい慣わしている。よってそれらから出た糠といえどもみだりには扱わず、捨てるところを住居の傍らに定めて置き、イナヲを立て、神明のいます所として尊んでいるのである。これは糠に限っての扱いではない。この二種類の作物の
第3巻, 19ページ, タイトル:
是はアユウシアマヽを烹るさまを図したる也、 アマヽシユケといふは、アマヽは穀食の事をいひ、シユケ とは烹る事をいひて、穀食を烹るといふ事也、 穀食は炊くともいふへきを、烹るといへるものは、夷 人の境、未飯に為す事をハしらて、唯水を多く 入れ粥に烹る計りの事なるゆへ、かくは称する なり、又ラタ子を食するは、汁に烹て喰ふ事也、 其食せんとする時、トイタに植をきたるを掘り とり来りて、    ラタ子はよく熟するといへとも、一時に残らす掘 とりて貯へ置といふ事はせす、植たるまゝにて トイタにをき、食するたひことに掘り出して用ゆる この図は、アユシアママを煮る様子を描いたものである。アママシユケとは、「アママ」が穀物のことを、「シユケ」が煮ることを表し、合わせて「穀物を煮る」という意味である。 穀物であるから「炊く」というのが通常であろうところを「煮る」といっているのは、アイヌの人々の住む地域では、いまだに穀物を飯とすることを知らず、ただ水を多く入れ粥として煮るのみであることによる。また、ラタネは、汁に入れて煮て食する。 ラタネを食べようとするときには、トイタに植えておいたものを掘り取ってきて、 * ラタネは、よく熟した場合でもいっぺんに残らず掘り取って貯えておくようなことはしない。植えたままでトイタに放置しておき、食する度ごとに掘り出して用いる
第3巻, 21ページ, タイトル:
本邦にいはんには、なを菓子なとに用ゆるか如し、 其汁の実の助となす物は、ラタ子の外にも 海苔あるは草とふを用ゆる事有、其草のかす 又多し、委しくは食草の部にミえたり、 右のうちアユウシアマヽは 本邦の事に 比していはんには、なを飯の如く、ラタ子はなを 菜汁とふの如き物なれとも、夷人の習ひ然る 事にさたまりたるにハあらす、二つともにいつれも 糧食となす事也、すへて此等の類の飲食に かゝはりたる事は、専ら女の夷人の業となす事、 本邦にことなる事あらす、其食するさまの 委曲は後の図にミえたり、 わが国でいうと、ちょうど菓子などとして用いるようなものである。なお、汁の実のとして付け合わされるものには、ラタネの他に、海苔や草などが挙げられる。その草の種類は少なくない。詳しくは、本稿「食草の部」に記されている。 二種の作物のうちアユシアママは、わが国でいうならば飯のようなもので、ラタネは同じく菜汁のようなものといえる。しかし、アイヌの人々の流儀では、そのように定まっているわけではない。両者ともに等価の糧食としているのである。なお、こうした飲食に関わる作業が専らアイヌ女性の領分であることは、わが国のそれと同様である。食事の様子の詳細については、次に掲げた図に示した通りである。
第8巻, 11ページ, タイトル: ジアユウシシユトの図 
アユウシシユト いへるは、シは肬をいひ、 アユは刺し痛むを いひ、ウシは在るをいひ て、いほのさす事ある シユトといふ事なり、 是は図の如くにいぼ の在るシユトにて、拷掠 する時右のいぼ肉を さし痛むゆへに斯ハ いへるなるへし、 ☆ジアユウシシユトというのは、シ【?】はいぼをいい、アユ【アイ:ay/とげ】は刺して痛いことをいい、ウシ【ウ*シ:us/がある】は在るという意味で、いぼの刺すことがあるシユトということである。 これは図のようにいぼがあるシユトであって、むち打つとき、そのいぼが肉をさすので痛むためにこのようにいうのである。

全1ページ中の第1ページ, 全7件のレコード中1-7を表示中

< 前ページ 次ページ >