蝦夷生計図説

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"アシ": 10 件ヒット

第1巻, 13ページ, タイトル:
此イナヲは火の神を祭る時に奉け用ゆるなり、 アべシヤマウシイナヲと称する事は、アベは火の事をいひ、 シヤマは物のそばをいひ、ウシは立つ事をいひて、 火のそはに立つイナヲといふ事也、此語なとハまさ しく 本邦の語にも通するにや、アベは火の事 をいふにあたれり、    此事ハ語解の部に委しく論したり、こと 長けれはこゝにしるさす、 シヤマはソバの転語にして、ウシはアシの転語なる へし、アシといへる事は、もと立つ事をいふとミゆる也、 人の脚をあしといへるも立つ事より出たるにや、 机案の類のしたに立たるところをあしといひ、  このイナヲは、火の神を祭るときに奉げ用いるものである。アベシヤマウシイナヲとは、「アベ」が火を、「シヤマ」が物のそばを、「ウシ」が立つことをそれぞれ表わし、合わせて「火のそばに立つイナヲ」という意味である。この語などはまさしく、我が国の言葉にも通じているように思われる。「アベ」とは、まさに火のことを言うのに当たっている。 * 「アベ」が火のことを指すということについては、本稿「語解の部」で詳しく論じている。長くなるのでここには記さない。 「シヤマ」は「そば」の転語であり、「ウシ」は「あし」の転語であろう。「あし」というのは、元来立つことを指していたと考えられる。人の足を「あし」というのも、立つことから出た言葉であろう。机などで下に立ててある部分を「あし」といい、
第1巻, 35ページ, タイトル: イアシイナヲの図
第3巻, 8ページ, タイトル:
ルシヤシヤツヽケと称する事は、ルシヤとハ蘆をあミ て簾の如くなしたる物をいひ、シャツヽケとは干す 事をいひて、簾にほすといふ事也、是は蔵に 入れ置たる穂を食せんとする時に及ひて蔵より とりいてゝ簾にのせ、囲炉裏の上に図の如くに 干す事也、いかなるゆへにやいとま有時といへとも 残らす舂てそれを貯へ置といふ事ハあらす、 いつれ穂のまゝに蔵に収め置て、食するたひ ことに蔵よりとり出し図の如くに干して、 それより舂く事をもなす事なり、  ルシヤシヤツツケとは、「ルシヤ」がアシを編んで簾のように作ったものを、「シヤツツケ」が干すことを表し、合わせて「簾に干す」という意味である。これは、蔵に入れておいた穂を食しようとする時に、蔵から取り出して簾に乗せ、囲炉裏の上に図のように干すことを指す。どういうわけか、いくら時間があったとしても、蔵の穂をすべて搗いたうえで貯えるということは行なわれない。 穂のままで蔵に収めておき、食する度ごとに取り出して図のように干したうえで搗くことになっているのである。
第5巻, 11ページ, タイトル: アシナプの図
第5巻, 12ページ, タイトル:
是は 本邦の舩に用るかちと同し 事につかふ也、アシナプと称するは、アシナとは 水をかきて舟をすゝむる事をいひ、フとハ 器をいひて水をかき舟をすゝむる器といふ 事也、奥羽の両国ならひに松前とふの猟 舩に此具を用るもありてねりかひと称す、 たゝし是ハかちに用る計に限らす、時に よりてかひの代りともなす故の名なる へし、 これは日本の船で用いる梶と同様に使うものである。アシナプというのは、アシナとは「水を掻いて舟を進めること」をいい、フとは「物」のことで、「水を掻きながら舟を進める物」ということである。奥羽の両国と松前の漁船にこの道具を使うものがあってねりかい(練り櫂)という。ただし、これは梶に使うばかりではなく、時には櫂のかわりにもするからこの名がついたのであろう。
第5巻, 28ページ, タイトル:
詳らかならぬ事共多し、追て考ふ へし、此に出せる図は風の左りへ走るさま也、 艫の左右に縄を以て帆を繋き立て、アシナにてかぢを とり走る也、風の右に走んとすれは左右の 縄をくりかへ、帆を左にかたむけ風を請て 走るなり、夷語に是をホイボウチフといひ、 又バシテチフといひ、亦カヤウシチフといふ、ホイ ボウといふも、バシテといふも、皆走る事をいふ、 カヤウシはカヤは帆をいひ、ウシは立る事 をいひて、帆を立るといふ事、チフはいつれも 舟の事なれは、三つともに走る舟の事を いふなり、 つまびらかにできないことが多い。改めて考えることとしよう。  ここに出した図は、風の左の方へ航行するようすである。艫の左右に縄で帆を繋ぎ、アシナで梶をとって走るのである。風の右の方に走ろうとすれば、左右の縄をたぐり変えて帆を左に傾け、風をうけて走るのである。 アイヌ語でこれをホイボウチフといい、またバシテチフといい、あるいはカヤウシチフという。ホイボウというも、バシテというも、みな「走る」ことをいう。カヤウシとは、カヤは帆のことをいい、ウシは立るという意味で、「帆を立る」ということ、チフは舟のことだから、三つとも「走る舟」のことをいうのである。
第5巻, 33ページ, タイトル:
此図は海上をこぐところ也、其乗るところハ 水伯を祈るよりはしめ、ことーーく走セ舟にこと なる事なし、二種のうち、前の図はこ くところの具ことーーくそなハりたるさまを 図したる也、後の図はすなはち海上をこくさま也、 こく時はシヨ板に腰を掛、カンヂを 左右の手につかひてこぐ、其疾き事飛か 如し、カンヂの多少は舟の大小によりて 立る也、アシナフを遣ふ事ハ走せ舟に同し、 是を夷語にチプモウといふ、チブは舟をいひ、 モウは乗るをいふ、舟を乗るといふ事也、但し ビロウ辺よりクナシリ辺の夷人はこれをこぐの この図は海上をこぐところである。それに乗るには水の神に祈ることからはじめ、すべて「走る舟」と異なることはない。 二種類のうち、前の図の舟は漕ぐ道具が完備したようすを図示したものである。あとの図は海上を漕ぐようすである。 漕ぐときはシヨ板に腰をかけて、左右の手にカンヂをつかんで漕ぐ。その早いこと、飛ぶがごとくである。カンヂの多少は舟の大小によって異なる。アシナフを使うことも「走る舟」と同じである。 これをアイヌ語でチプモウという。チブは舟のこと、モウは乗るをいう。「舟を乗る」ということである。 ただしビロウ辺からクナシリ辺のアイヌの人びとはこれを漕ぐとき、
第7巻, 19ページ, タイトル: トントアシの図
第7巻, 20ページ, タイトル:
屋のくミたてとゝのひてより、それを地上に置て 其形の大小広狭にしたかひ柱をならへ立るなり、 是をトンドアシといふ、トンドは柱をいひ、アシは 立事をいひて、柱を立るといふ事也、其柱を たつるに図の如く根のかたを少しく外の方に 斜に出して立る事は屋を荷ひ上るの時、頭の ところのよく桁と合ん事をはかりて也、柱を 立る事終りてより屋をになひ上る事、後の 図の如し、 ☆屋根の組み立てが整ってから、それを地上に置いておき、そのかたちの大小広狭によって、柱を並べて建てるのである。 これをトンドアシという。トンド【トゥントゥ:tuntu/(大黒)柱】は柱をいい、アシアシ:asi/を立てる】は立てることをいって、柱を立てるということである。その柱を立てるのに、図のように根の方をすこし外の方に斜めに出して立てるのは、屋根をかつぎ上げるとき、頭のところと桁とがよく合うように考えているからである。柱を立て終わってから屋根をかつぎ上げることは後の図に示した。
第7巻, 32ページ, タイトル:
此図はシラヲイの辺よりヒロウの辺にいたる まての居家全備のさまにして、屋は蘆をもて 葺たるなり、是をシヤリキキタイチセと称す、シヤリ キは蘆をいひ、キタイは屋をいひ、チセは家を いひて、蘆の屋の家といふ事なり、此辺の居家 にては多く屋をふくに蘆のミをもちゆ、下品 の家にてはまれに茅と草とを用る事もある なり、 右二種の製は四方のかこひを藩籬の如くになし たるなり、 ☆この図はシラヲイのあたりからヒロウのあたりまでの家の完備したようすで、屋根は芦で葺いている。これをシヤリキキタイチセという。シヤリキ【サ*ラキ:sarki/アシ、ヨシ】は芦のこと、キタイ【キタイ:kitay/てっぺん、屋根】は屋根、チセ【チセ:cise/家】は家をいうから、芦の屋根の家ということである。このあたりの家の多くは屋根を葺くのに芦だけを使う。下品の家ではまれに茅と草とを用いることもある。 右に図示した二種の造りは四方の囲いを垣根のようにしてある。

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