蝦夷生計図説

アマヽイヘの図 

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アマヽイヘの図 

アマヽイベといへる事は、アマヽは穀食をいひ、イベ
は喰ふ事をいひて、穀食を喰ふといふ事也、
夷人の食事は、多くは一日に両度なり、時に
より客なと来りて物語らふ夜なとハ、三四度
其余にも及へる事あり、

   但し、食するの度数たしかにかく定り
たるといふにはあらす、時によりてかハれる事もあれと、
まつ平常のさまを録せる也、凡是等の事、 
本邦食事の度数さたまりたるなとには比して、
論しかたきところ也、

其食せるにハ、まつ初めに汁を食してそれ
より粥を食する也、いつれ汁を先に食し粥を
後に食せる事、夷人の習俗なり、

   粥を後に食する事、其意味未詳ならすといへとも、
殊に尊ひ重んするよりして、かくはなす事と聞ゆる也、
それも 本邦の事の如く、汁をも粥をも
一同に烹置て、ひとしく食するといふにはあらす、
一つ鍋にて烹る事故、まつ汁を烹て食し終り、
それより又粥を烹て食する也、まれには又
其あとにて魚計りを湯煮になして食する
事もあれとも、まつは汁と粥とを日々の常
食とする事也、其汁と粥とを食せる事も、いつも
右にしるせる如く次第して食ふ事とも又決し
難し、時によりては汁計りを食しをく事も有、
粥計りを食しをく事もあり、又あるときは
魚はかりを食しをく時もある也、ここに図する
ところは粥を食するさまゆへ、アマヽイベと題表を
しるせし也、右三種のものを食するに、 
本邦の人の如くいく椀をもかへて喰ふという
事はあらす、いつれも一椀をもて其限りとす、

三種の物の中あるは二種あるは一種の物を
食する時も、又各一椀つゝをもて限りとする也、
   是等の事いかなるゆへによりてかくハ定め
たりけん、三種の物ミな次第して烹るときハ、一種を
一椀つゝ喰ひても凡て三椀の食にあたるへし、三種の
物の具さらんにハ、あるは二椀を食するにとゝまり、
あるは一椀を食するに止りて、其□歉ひとし
からぬ事あるへきを、夷人の習ひいささか是等の
事をもて意となさゝる事とミゆる也、

一椀を喰ふことに粥をはアマヽトミカモイと唱へ、
魚肉及ひ汁をはチエツプトミカモイと唱へてより喰ふ
なり、アマヽトミカモイといへるは、アマヽは穀食をいひ、
トミは尊き事をいひ、カモイは神をいひて、穀食
尊き神といふ事也、チエツプトミカモイといへるは、チエ
ツプは魚をいひ、トミカモイは上と同し事にて、魚の
尊き神といふ事也、是は右いつれの食も天地
神明のたまものにて、人の身命を保つところの
物なれは、それーーに主る神ある事故、其神を
尊ミ拝するの詞なるよし夷人いひ伝へたり、此中
魚を喰ふにもチエツプトミカモイと唱へ、汁を喰ふ
にもまた同しくチエツプトミカモイと唱ふる事は、
前の条にしるせし如く、汁の実はいつれ魚肉を
用ゆる事、其本にして、ラタ子あるは草とふを
入る事はミな其助けなるゆへ、魚肉を重となすと
いふのこゝろにて、同しくチエツプトミカモイと唱ふる
なり、

   これのミにあらす、すへて食するほとの物ハ何に
よらす其物の名を上に唱へ、某のトミカモイと
唱へて食する事、夷人の習俗なり、

一日に両度つゝ食するうち、朝の食は  
本邦の時刻にいはんにハ、いつも四ツ時頃より九ツ
時頃に至る也、其ゆへは朝にとく起て其まゝ食
事するといふ事はあらす、いつれの業にても一般
の務をなして、それより朝の食事につく也、

是は男女ともにことなる事なし、たとえは男子
漁獵に出れは、女子も又家に在りてアツシにても
織るなといふ如きの事也、食事の時にあたりて
家中の者他に行て其座にあらされは、まつし
ハらくひかへて帰るをまち、もし帰る事の晩けれは、
その者の喰ふへき分を椀に盛りてそなへ置、
それより家中の者ミな食事をなすなり、

又食事の時外より人来る事あれは、其人数の
多少をいはす家中の者とひとしく食事をすゝめ、
凡て微少の食物といへとも一人にて喰ふといふ
事の夷あるは重病とふの夷住居近きに在りて、
養ふへき人もなく、飲食心に任せさる
者には、食事のたひことにかならす持行きて喰ハ
しむ、大ひに漁獵とふありし時は、親類朋友を
まねきて 本邦にて俗に振舞ひなといふか
如きの事をなす事もあり、遠方より旅人来
る事あれは、幾日といふ事なく留め置て、食事
の中尤夷人の美とし愛するものを尽くして
供応する事なともある也、是等の事すへて
飲食の事につきても、夷人の性純撲にして、
親愛深く、交際和睦せる事は思ひはかる
へし、

アママイベとは、「アママ」が穀物を、「イベ」が食べることを表し、「穀物を食べる」という意味である。アイヌの人々の食事は、多くは一日二度である。時によって、来客などがあり、語り合いがなされる夜などは、一日三~四度、あるいはそれ以上に及ぶこともある。

  *但し、食事の回数はきっちりとこう定まっている、というわけではなく、時によって変わることもあるが、とりあえず通常の回数を記したまでである。こうした点は、わが国において食事の回数がきっちりと定められているのとは比較して論じ難いところである。

食事の時には、まず最初に汁を食して、それから粥に移る。何としても汁をにして粥を
後にするのは、アイヌの人々の習慣である。

* 粥を後に食する理由は未詳であるが、穀物を大変尊び重んじていることから、そうしているのではないかと考えられる。
しかも、わが国のように汁と粥とを同時並行で煮て置いて、二つ並べて食するというわけではない。一つの鍋で煮るのである。従って、まず汁を煮て、それを食し終えてから更に粥を煮て食するのである。稀にはその後に又、魚だけを水煮にして食べることもあるが、普通は汁と粥とを日々の常食としている。ただし、汁と粥とによる食事であるが、いつも右に記したような次第でなされると決まっているわけではない。時によっては汁だけの、あるいは粥だけの食事もある。またある時は魚だけの食事もある。ここに掲げた図は、
粥を食する様子なので、「アママイベ」と表題をつけたのである。いま記した三種類のものを食するに際して、わが国の人のように、幾椀もお代わりして食べるということはない。すべて一椀ずつで済ませてしまう。

三種類のもののうち二種類あるいは一種類だけの食事の場合も、同じく一椀ずつで済ませるのである。
* どうした理由で、こうしたことを定めているのだろうか。三種類のものを皆そろえて煮ることができる場合は、一種類を一椀ずつとしても三椀食することになろう。一方、三種類のものが揃わなかったときは、二椀もしくは
一椀を食するに止まることになる。これでは、食事の度に、食べ飽きてしまったり、あるいは逆に食べ足りなくなってしまったりすることが生じてきそうなものである。しかし、アイヌの人々の習慣では、こうしたことについて、いささかも意に介していないように見えるのである。

こうした椀は、一椀ごとに、粥をアママトミカモイと唱え、魚肉および汁をチヱツプトミカモイと唱えてから食される。アママトミカモイとは、「アママ」が穀物を、「トミ」が「尊い」という語を、「カモイ」が神をそれぞれ表し、合わせて「穀物の尊い神」という意味である。チヱツプトミカモイとは、「チヱツプ」が魚を表し、「トミカモイ」は前に同じであるから、合わせて「魚の尊い神」という意味である。アイヌの人々の言うには、右に記したいずれの食材も、天地神明の賜物であり、人の身命を保ってくれるものであるという。従って、食材それぞれに司る神があることでもあるので、その神を拝むために唱えられるのが、
この詞なのだそうだ。さてその詞についてであるが、魚を食べるに際してもチヱツプトミカモイと唱え、汁を食するにも同じくチヱツプトミカモイと唱えている。それは何故かというと、前条に記したように、汁の実には大抵魚肉を用いることが基本であり、ラタネあるいは草などを入れるのは付け合せに過ぎないため、魚肉が主であるという考えに立って、同じくチヱツプトミカモイと唱えているのである。

* これだけではなく、食材として用いるもののすべてに対して、それがどんなものであれ、その食材の名称を上に唱え、何々トミカモイと唱えてから食事を行なうのが、アイヌの人々の慣習である。

一日に二度の食事のうち朝食は、
わが国の時刻でいえば通常四ツ時頃から九ツ時頃までの間に行なわれる。つまり、朝早く起きて、何らかの一般的な作業を行い、その後に朝食をとることになるのである。

これは、男女ともに同様である。たとえば男子が漁に出れば、女子は家にあってアツシなどを織るなどといった具合にである。食事の時に際しては、家族の誰かが他所へ行っていてその座に居合わせなかった場合、まず暫くは帰宅を待ってみる。もし帰ってくるのが遅かった場合は、その者の食べる分を椀に盛って分けておいて、その後に家のもの皆が食事をとるのである。

また、食事のときに外から人が訪ねてきた場合には、その人数の多少を問わず、家族同様に料理を勧め、たとえ食料が僅かであったとしても、それを独り占めして食べるということはない。食事の座についている人に悉く配分して、同じ量を食するのである。ただし、もしそこにある食料がごくごく僅かであり、配分することすら叶わない場合には、その座のうちの老人あるいは小児一人のみに食べさせるということもある。また、老衰あるいは重病等であり、なおかつその近所に養ってくれる人がおらず、飲食に差し支えがある者には、隣近所の者が食事の度ごとに必ず食料を持って行って食べさせる。大いに漁猟等があったときは、親類朋友などを招いて、わが国で俗に「振る舞い」などというような行いをすることもある。遠方から旅人が来ることがあれば、何日でも留め置いて、食事の際にはアイヌの人々が最も美とし愛する料理を尽くして供応することなどもある。これらのことは、すべて飲食に関することではあるが、ここからも、アイヌの人々の性格が純朴であり、親愛深く交際和睦する性質であることを、知ることができるだろう。