蝦夷生計図説

ムンカルの図

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ムンカルの図

右二種のものを作る事をすへて称してトイタ
といふ、トイは土をいひ、タは掘る事をいひて、土を
掘るといふ事也、又一にはトイカルともいふ、トイは
上に同しく、カルは造る事をいひて、土を造ると
いふ事也、二つともに 本邦の語にしてはなを
耕作なといはんか如く、また場圃なといはん
ことし、

   耕作と場圃とは殊にかハりたる事なるを、かく
いへるものは、すへて夷人の境、太古のさまにして
言語のかすも多からす、為すへき業も又少なし、

しかるゆへに此二種の物を作るか如き、其作り立る
の事業をもすへて称してトイタといひ、その
作れる地にして場圃のさましたるところをも、又
称してトイタといふ也、凡これらの事、 
本邦の事に比しては論し難きところなり、
これより後、其言葉は一にして、其事のたかひ
ある事は皆この故としるへし、

夷人のならひ、これらの事をなすに地の美悪を
えらふなといへる事はミえす、山中の不平なる
地あるは樹木の陰なとおもトイタとなして作れる
事なり、

   但し、地をえらふ事のなしといへるはさたかなる
事にはあらす、外より打見たるさまハかく見
ゆれとも、すへて夷人の性は物事深くかんかへて
かろーーしき事をハせす、さらハ此等の事にも
別に意味のありてかくはなせるにや、其義
未詳ならす、追て糺尋の上録すへし、

是に図したるところは、トイタとなすへき
ためにまつ初めに其地の草をかるさま也、ムンカル
と称する事は、ムンは草をいひ、カルは則ち苅る
事をいひて、草をかるといふ事也、すへて
此のトイタの事は、初め草をかるより種を蒔き、
其外熟するに至て苅りおさむるとふの事
に至るまて、多くは老人の夷あるハ女子の
夷の業とする事也、

    草をかるには先つ其ところにイナヲを奉けて
神を祭る事あり、其外種を蒔の時、或は
熟するに及んて苅収るの時とふことーーく
神を祭るの事あり、いまた其義を詳に
せす、追て糺尋の上録すへし、

右に掲げた二種の作物を作ることをトイタと総称する。「トイ」は土のことを、「タ」は掘ることを表わし、あわせて「土を掘る」という意味である。また別にトイカルともいう。「トイ」は土のことを、「カル」は造ることを表わし、あわせて「土を造る」という意味である。二つの語はともに、我が国の言葉で言えば、耕作といったり場圃といったりしている語を指しているようだ。

* 耕作と場圃という、異なった意味を持つ概念であるものを同じ語で表わしているのは、アイヌの人々の生活境遇が太古の状態にあるため、言葉の数が多くはなく、行なわれる生業活動もまた少なかったためである。

従って、この二種の作物を作るに際して、栽培作業の総称としてトイタの語を用い、
栽培地である場圃様の所をもまた、トイタと称するのである。こうした事情につき、我が国における事例を挙げ、比較して論じるのは難しい。以下、本稿において同一語であるにもかかわらず、その示す意味が異なっているのは、皆こうした理由によるものと御承知置き願いたい。

アイヌの人々の慣習として、栽培をするに際しては土地の美悪を選ぶことはしない。山中の平らではない土地や樹木の陰になっている土地などをもトイタとなして栽培を行なっている。

* 但し、地を選ぶことがない、という見方は、実ははっきりしたことではない。傍から見ればそのように見えるのであるが、アイヌの人々は物事を深く考える
軽々しい行いはしないものだ。そうしたことから考えるに、或いは別の意味があってトイタの地を定めているのかも知れず、その判断基準はいまだ詳らかではない。追って聞き取りの上、後考を期したい。

ここに掲げた図は、トイタとするために先ず初めにその地の草を刈る様子を示したものである。この作業をムンカルというのは、「ムン」が草を、「カル」が刈ることを表わし、あわせて草を刈ることを意味することによっている。トイタに関わる作業には、草を刈ることから始まり、種蒔きや稔ってからの収穫に至るまで、その多くに老人や女性が携わることとなっている。

* 草を刈るには、まず刈る場所にイナヲを捧げて
神を祭ることをする。また、種を蒔く時、あるいは成熟するに及んで刈り取る時などに、ことごとく神を祭ることをする。それがどういう考えに基づいて行なわれるものなのか、いまだ詳らかにされていない。追って聞き取りの上、後考を期したい。