蝦夷生計図説

ラタネの図

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ラタネの図

ラタ子と称する事は、ラタツキ子といへるを略せるの
言葉也、ラとはすへて食する草の根をいひ、タ
ツキ子とは短き事をいひて、根短しといふ事也、

これは此草の形ちによりてかくは称するなり、
是亦国の開けたる初め火の神降りたまひて、
アユシアマヽと同しく伝へ給ひしよし言ひ伝へて、
ことの外に尊み蝦夷のうちいつれの地にても作り
て糧食の助けとなす事なり、

   但し、極北の地子モロ・クナシリ島とふの夷人作る
事のなきは、アユシアマヽに論したると同しき
ゆへとしるへし、
是を 本邦菜類のうちに考ふるに、すなハち
蔓菁の一種なり、其食するに根葉ともに
用ゆる事全く蔓菁と異なる事あらすして、
味も又同し、夷人のいひ伝ふるところも、此菜ハ
よのつねの草とは事替りて、聊か毒の気なし
とて、疾病の人といへとも、此菜に限りてハ心を
おかすして食せしむる事也、すへて蝦夷のうち
極北の地にあらさるあひたは、土地の美悪にかゝ
ハらす作りたにすれはよく生熟する事也、多く
作る事もあらんには、荒凶のとしの備へになさん
も、便なるへし、

   右の二種は蝦夷の闢けし初より自然に生し
たる所にして、外より伝ハり植たる物にハ
あらす、此うちアユシアマヽは穀類の一種にして、
ラタ子は菜類の一種なり、是によりて考ふるに、
後来に及ひ人民蕃湿し耕耘の力を致し、
稼穡の務を尽す事あるに至らんにハ、禾穀
菜草の類、森然として蝦夷の地に生せん事も
いまた知るへからす、此より後に図するところは、
此二種のものを作り立るより食するに
いたるまての次第、夷人ことに心を用る事を録
せるなり、

ラタネとは、「ラタツキネ」という言葉を略した言葉である。「ラ」とは食用植物の根全般を指し、「タツキネ」は「短い」を表わし、あわせて「根が短い」という意味である。

この草がそういう形をしていることから付いた名称である。これもまた、国の開けし始め、火の神が降臨なさって、アユシアママと一緒にお伝えになったと言い伝えられており、ことのほか尊ばれている。この作物も、蝦夷地一円に栽培されており、糧食の一助として用いられている。

*但し、極北の地であるネモロ・クナシリ島等のアイヌの人々がこれを栽培することがないのは、アユシアママのところで論じたのと同じ理由であろう。
ラタネとは、
我が国に生育する菜類のなかにある
「蔓菁」の一種である。食するときに根と葉とを共に用いることなど全く「蔓菁」と変わるところはなく、味もまた同じである。アイヌの人々の言うには、ラタネは通常の草とは異なり、少しも毒気がないとのことである。従ってこの菜に限っては、病人にも安心して食べさせているのである。蝦夷地のうち極北の地を除き、土地の美悪に拘らず、作りさえすればよく成熟するとのことである。よって多く作られた場合、凶作の年の備えとなり、便利なことである。

* 右に掲げたの二種の作物は、蝦夷地開闢以来の自生種であり、外部から伝来して植え付けられたものではない。このうちアユシアママは穀類の一種であり、ラタネは菜類の一種である。
このことから考えるに、将来蝦夷地に人民が殖え、農耕に力を尽くすことになった場合、禾穀・草菜の類が、この地に森の繁りのように生じてこないとも限らないであろう。なお、これから後に掲げる図は、この二種の作物を栽培するところから食するに至る迄の次第のうちから、アイヌの人々が殊に心を用いる場面を収録したものである。