蝦夷生計図説

アユウシアマヽの図

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アユウシアマヽの図

夷人の食は、鳥獣魚とふの肉を専らに用ると
いへとも、不毛の地にして禾穀の類のたえて
生する事なしといふにはあらす、又禾穀の
類をうへて食する事なしといふにも非す、

こゝに図する所はすなハち稗の一種にして、
烏禾の類也、これは蝦夷のうちいつれの地
にても作りて糧食の一助となす事也、

   但し、極北の地子モロ・クナシリ島なといへる所の
夷人の如きは、かゝる物作れる事あらす、これは
ひとしく蝦夷の地なりといへとも、殊に辺辟
たるにより、その闢けたる事もおそくして、
未かゝる物なと作るへきわさは知るに及ハさる

アイヌの人々の食についてであるが、専ら鳥や獣や魚の肉をそれにあてている。しかし、だからといって彼らの住む土地が不毛であり穀類の生育を見ないというわけではない。

ここに掲げた図は稗の一種「烏禾」の仲間である。この作物は、蝦夷地一円に栽培されているもので、糧食の一助として用いられている。

* 但し、蝦夷地の内でも最も北に位置するネモロ(根室)やクナシリ(国後)島などといった地域のアイヌの人々は、こうした作物を栽培することはない。なぜならば、同じ蝦夷地とはいえ、根室や国後島は格別辺鄙な地であり、その開闢も遅く、いまだに作物を栽培する技術を知るに至っていない