蝦夷生計図説

イナヲを製する図

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イナヲを製する図

大麻もひとしく木をもて製せし事にて、其 
本邦太古のさまの転し伝りたるよりして、自ら
イナヲ、ヌシヤとふの称は存するなるへし、是等の
事によらんには、まさしくイナヲは幣帛の
事をいふか如く、あまりに 本邦の事に近くきこ
えて、蝦夷の事に熟せさらん人は附会のことのよふに
のミそ思ふへけれ、されと此事計りにはあらす、

奥羽の地にして蝦夷の風俗そのまゝ存し残り
たる事多く、又は今の蝦夷にしては失ひたる
事のかへつて奥羽の地に存し残りたる事も
少からす、これらの事委曲に此書の奥にしるし
たれは、此書全備するの日にいたらんには自らかく

大麻も等しく樹木により作製されていた、ということになる。こうした太古の我が国において行なわれていた方式が転じ伝わったために、イナヲ、ヌシヤという二つの呼び方が併存しているものと思われる。
以上のことから考えると、イナヲと幣帛とは、まさしく同義のものであると位置付けられよう。イナヲをこう位置付ける事に関しては、あまりに我が国の風俗と同質の性格であると捉えていることから、蝦夷の事情に通じていない向きには牽強付会の説であるとの思いを抱かせるかもしれない。しかし、ことは独りイナヲだけの問題ではない。

例えば奥羽の地である。奥羽地方の習俗に蝦夷のそれがそのまま残存している事例は多い。のみならず現在の蝦夷が失ってしまった習俗が、かえって奥羽地方に残っていることも少なくないのである。こうした事例の様々は、本書の随所で仔細に触れているつもりである。従って、本書の全巻に目を通された暁には、おのずから我が国と蝦夷の風俗が同質であるという説がことごとく